LIFE-ROAD~後悔のための航海~
あんなことやらなきゃよかった
あんなこといわなきゃよかった
そのくり返しが恥となり
そのくり返しが道となる
されどそれこそ生きる証明‐よろこび‐
独りぼっちの道程を誇りに感じる
今日は今日の道をゆっくりと…
後悔ばっかしの航海も楽しいね
明日は明日の道をのんびりと…
<満45歳以上のシーズン>で現役を引退したプロ野球選手
選手名(ポジション/NPBでの経歴/現役最終年の満年齢/現役最終年の成績/現役最終年の短評)
野村克也(捕手/1954~1977南海→1978ロッテ→1979~1980西武/45歳/.217 2本 14点/前年よりも出番激減も、随所で「生涯一捕手」の存在感を示す)
山﨑武司(内野手/1987~2002中日→2003~2004オリックス→2005~2011楽天→2012~2013中日/45歳/.210 0本 7点/5月に古巣の楽天戦で代打サヨナラ安打を放ち、最後の花道を飾る)
工藤公康(投手/1982~1994西武→1995~1999ダイエー→2000~2006巨人→2007~2009横浜→2010西武/47歳/0勝2敗0S 10.50/夏場に一軍に昇格し、中継ぎとして10試合に登板する)
斎藤隆(投手/1992~2005横浜→2013~2015楽天/45歳/0勝0敗0S 7.71/日米通算741試合登板の鉄腕だが、3試合のみの登板に終わり引退)
若林忠志(投手/1936~1949タイガース・阪神・大阪→1950~1952毎日/45歳/0勝1敗 10.29/選手兼任監督として2試合にのみ登板)
浜崎真二(投手/1947~1950阪急/49歳/1勝2敗 7.07/先発3試合を含む9試合に登板した元祖・鉄人)
山本昌(投手/1984~2015中日/50歳/0勝0敗0S 6.75/47~49歳のシーズンに計9勝を記録したが、最終年は引退試合を含む2試合しか登板できず)
石川雅規(投手/2002~2026ヤクルト/46歳/0勝1敗0S 81.00/凄まじい防御率とともに25年間にわたる現役生活にピリオドを打つ)
中嶋聡(捕手/1987~1997阪急・オリックス→1998~2002西武→2003横浜→2004~2015日本ハム/46歳/.000 0本 0点/2009年以降は、最終年までの7年間で計30試合しか出場していない)
谷繫元信(捕手/1989~2001横浜→2002~2015中日/45歳/.277 1本 4点/兼任監督ながら30試合に出場し、27年連続本塁打のギネス記録を樹立)
福留孝介(外野手/1999~2007中日→2013~2020阪神→2021~2022中日/45歳/.042 0本 3点/日米通算2450安打を打った稀代の大打者も、最終年は1安打しか打てなかった)
落合博満(内野手/1979~1986ロッテ→1987~1993中日→巨人1994~1996~1997~1998日本ハム/45歳/.235 2本 18点/最後まで「オレ流」を貫き、引退セレモニーを行うこともなく静かにバットを置く)
2010(平成22)年に映画館で視聴した映画
①『E.YAZAWA ROCK』 (2009・日本/増田久雄/矢沢永吉)★★★
②『キャピタリズム マネーは踊る』(2009・アメリカ/マイケル・ムーア/マイケル・ムーア)★★
③『今度は愛妻家』(2009・日本/行定勲/豊川悦司、薬師丸ひろ子)★★
④『涼宮ハルヒの消失』(2010・日本/武本康弘/平野綾、茅原実里)★★★
⑤『牛の鈴音』(2008・韓国/イ・チュンニョル/チェ・ウォンギュン、イ・サムスン)★★★
⑥『インビクタス/負けざる者たち』(2009・アメリカ/クリント・イーストウッド/モーガン・フリーマン、マット・デイモン)★★★
⑦『花のあと』(2010・日本/中西健二/北川景子、甲本雅裕)★★
⑧『ハート・ロッカー』(2008・アメリカ/キャスリン・ビグロー/ジェレミー・レナー、アンソニー・マッキー)★
⑨『誰かが私にキスをした』(2010・日本/ハンス・カノーザ/堀北真希、松山ケンイチ)★
⑩『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(2009・香港、フランス/ジョニー・トー/ジョニー・アリディ、アンソニー・ウォン)★★
⑪『プレシャス』(2009・アメリカ/リー・ダニエルズ/ガボリー・シディベ、マライア・キャリー)★★
⑫『孤高のメス』(2010・日本/成島出/堤真一、夏川結衣)★★
⑬『アリス・イン・ワンダーランド』(2010・アメリカ/ティム・バートン/ジョニー・デップ、ミア・ワシコウスカ)★★
⑭『告白』(2010・日本/中島哲也/松たか子、木村佳乃)★★
⑮『必死剣鳥刺し』(2010・日本/平山秀幸/豊川悦司、吉川晃司)★★
⑯『インセプション』(2010・アメリカ/クリストファー・ノーラン/レオナルド・ディカプリオ、渡辺謙)★★
⑰『ルー=ガルー』(2010・日本/藤咲淳一/沖佳苗、井上麻里奈)★★
⑱『十三人の刺客』(2010・日本/三池嵩史/役所広司、山田孝之)★★★
⑲『エクスペンダブルス』(2010・アメリカ/シルベスター・スタローン/シルベスター・スタローン、ジェイソン・ステイサム)★★★
⑳『冬の小鳥』(2009・韓国、フランス/ウニー・リコント/キム・サロン、パク・ドミン)★★★
黄昏雲男 (たそがれくもおとこ)
あの空の向こうには何も見えない
ただふたしかな「今」だけがここに残った
昨日までしてきたことなんかみんな忘れちゃおう
想像力だけがあれば他には何にもいらない
両目を見開いて次の雲に飛び乗った
今こそ・・・「三沢光晴の言葉」に耳を傾けろ!
「中2の時ですよ、レスラーになろうと思ったのは。とにかくね・・・俺、自分の名を世間に広めたかったんですよ。男に生まれたからには!って言うのかな。何かを決めたら、それをやり通す方だから。高校を出る時もいろんな人に説得されたけど「プロレスをやる!」の一点張りだから」(1990年)
「俺自身は自分自身の何かを表現するというよりも、好きだからプロレスをやっているし、これからもやっていくよ。プロレスは、自分自身が好きじゃなきゃ到底やっていけないよね。俺たちは「プロレスは面白いよ、凄いよ」って、いつまでも言っていられるような試合をするしかないよね」(1991年)
「(武道館でパートナーの川田利明と)闘うことになっても、別にそれまで控室を分けたりする必要はないと思う。俺は、いがみあったり、憎しみ合ったって闘うわけじゃないしね。試合に臨む気持ちは、当日までとっておいていいんじゃないかな」(1992年)
「気持ち的な問題で、あのうしんどいから結局、しょっぱい試合をしちゃった場合に、やっぱり疲れちゃうでしょう。体は疲れていたけど、いい試合をしたあととかは、まあ気持ちよく酒を飲めるし、意外といいストレス解消できるでしょ。しょっぱい試合をしたあとって、ストレスもやっぱりたまっちゃうんですよね」(1993年)
「先輩、後輩とか、そんなの関係ないし、チャンピオンとしての意地なんていうのも、闘ってるときは思ってないですよ。試合前にはいろいろ思っても、闘っているときは、ひとりの人間としてやってるから」(1994年)
「弱音を吐いて、どうにかなるもんだったら吐きますよ。てめえしかわかんないものを吐いてもしょうがないでしょ、と。そりゃ俺だって「イヤだな」って思う時はありますよ。人間だから。人間は弱いですよ、みんなね。ただそうしないようにしてるのと・・・。それはその人の生き方であり、考え方だから。弱音は吐いてますよ、自分の中でね」(1995年)
「この1年は、下の方も強くなっているし、年々きつくなっているのは確か。気分的にも、体力的にも、もうちょっと見つめ直して、いい意味で充電したい。負けたもんはしょうがないし、いい方向に考えて、次にいきますよ」(1996年)
「プロレスがどうのこうのって言うなら、じゃあやろうかってなりますよ。俺らは、自分たちがやっていることをけなされてまで、我慢できないから。命を懸けてやってるものだからね。ただ、それは思っていればいいこと。表に向かって吠えることでもない。自分で信念を持っていれば、何が来ても平気だろうし」(1997年)
「人生「たら・れば」はないから。俺の人生論では、ないですよ」(1998年)
「オレ、迷うってないのよ。迷う前に決めちゃってるから。オレはこう!って。他の道が出てきても、オレはこうだもんってね。別に「オレが正しい!」とか固まったものはないのよ。オレはでもこう思うんだよねって。間違ってるかもしれないけど、こう思うっていうか」(1999年)
「馬場さんも、鶴田さんもですね、本当にプロレスというものを最後まで好きで、愛してくれていた2人のためにも、これからプロレスというものをどんどんよくして絶対に存在が忘れられないようにね、これからもやっていくしかないんで。教えられてきたいいものをね、みんながいい形で残して伝えていくのが役目だと思います」(2000年)
「プロレスっていうのは、いかにケガをしないようにやるのかと、それを考えながらやんなきゃいけないわけですよ。相手の技をいかにまともに受けないようにするか。そのために、ああいうロープワークが必要になってくるし、受け身の技術が大事になってくるんです」(2001年)
「自分の体は明日はどうなるかわかんないんだから、好きなことをやって好きな物を食べたっていいんじゃないんですか。俺はずっとそうやってやってきましたからね」(2002年)
「生きてるってことはさ、楽な生き方ってないわけじゃん。生きていること自体できついわけだからね。ボッーと生きてはいられないからね。食べなきゃいけないわけだから。そのためには働かなきゃいけないし、ジッーとしてても光熱費とかかかるわけだからね」(2007年)
「人生とプロレスは何が起こるかわからないからおもしろいんだ。それをやり遂げた時に達成感があるんだ」(2008年)
「試合に関しては心配することはない。ただいろいろな部分でいろいろな工夫をしていかなきゃいけないし、うちの選手の強みは選手がいいものをどんどんと出してくれること。選手を信じて頑張っていきたいと思います」(2009年)
おじさんひとり旅
座頭市にはなれないけれど
車寅次郎にもなれないけれど
「女のいない人生」を
気ままに歩いて朽ち果てる
だれも知らないこの場所は
雨の音さえ聞こえない
「幸せ」という名の宝箱
開けることなく今日もまた
おじさんはひとりで旅に出る
「近代欧米社会における教育史の概説」(平成26年6月9日執筆)
16世紀から18世紀までのヨーロッパは絶対主義の全盛期であり、ルネサンスと宗教改革の時代から近代社会が成立するまでの過渡期でもあった。この時代は強力な君主が絶大な権力のもとで政治を支配し、封建的な社会制度によって国民を掌握した。多くの国家では、教育における責任の主体は教会と両親であると考えられており、第一の責任が国家にあるとは考えられていなかった。社会的にも政治的にも未成熟であったこの時代には、一部の国家を除いて「全ての国民に対して一律的に教育の場を提供する」ことの意義や重要性が十分に浸透していなかった。
しかしその後、ヨーロッパ世界では数々の市民革命とともに、絶対主義国家から市民社会への劇的な移行が展開される。それに伴って、教育史においては「啓蒙の時代」が到来し、同時に多くの著名な教育家(思想家)が登場することになる。彼らは独自の教育思想をもって各国の教育界に新風を吹きこんだだけではなく、人間のもつべき自然的理性を説き、さまざまな分野において旧制度を改め、新しい秩序を形成しようと試みた。
その中でもイギリス人のロック(1632~1704)は、啓蒙思想の創始者として名を馳せ、1693年に『教育に関する啓蒙』を発表した。ロックが唱えた紳士教育論は、のちにイギリスの教育制度の改革に多大な影響を与えた。一方、啓蒙思想の申し子とも呼ばれるフランス人のルソー(1712~1778)は、『社会契約論』で文明や社会の非人間性を批判し、独自の人民主権思想を説いた。また、1762年には名著『エミール』の中で、「人間よ、人間的であれ。それはあなたがたの第一の義務だ」という自然人教育論を提唱した。
そんなルソーの自然主義教育をいち早く実践に移そうとしたのがドイツ人のバゼドウ(1724~1790)である。バゼドウは、ベルリンに「人間愛に基づく」汎愛学院を創設し、子ども自身が主体者となる自由な教育を模索した。その後、スイス人のペスタロッチ(1746~1827)がその流れを受け継いだ。ペスタロッチは、社会改革は教育によってなされると主張し、1798年に孤児院を設立するなど、孤児(貧困層)の教育や民衆教育の改善に生涯を捧げた。他方、フランス人のコンドルセ(1743~1794)は、「公教育は国民に対する社会(国家)の義務である」という考え方から教育の機会均等を訴え、近代公教育制度の普及に貢献した。
このように多くの教育家による活動によって、ヨーロッパでは18世紀から19世紀にかけて、数多くの教育改革が実施され、現代につながる公教育制度の基盤が築かれた。一方、まだ独立まもないアメリカでは、有名な政治家であり科学者でもあるフランクリン(1705~1790)が、国内初のアカデミー(のちの「ペンシルバニア大学」)を創設し、アメリカにおける中等教育の先鞭をつけた。また、公立図書館の創設や青年のための教育論の執筆にも尽力し、アメリカの教育の発展に大きな功績を残した。
18世紀半ば頃よりイギリスから発祥した産業革命は、瞬く間に欧米中へと拡大していった。そして、商業的・工業的発展によって各地の人口が爆発的に増加し、同時に著しい都市化をもたらした。その結果、人口の多くが都市部に集中するようになり、階級や貧富による格差と不平等を残存しつつ、近代的な社会が構築された。
イギリスでは、こうした新しい社会状況に対応するため、さまざまな教育の革新が行われるようになった。19世紀のはじめにはロンドンに多数の日曜学校が設けられ、15万人の子どもがここで学んだ。さらに、慈善学校や寄宿学校なども各地に開設された。これらの学校の多くは、まだ不衛生かつ不十分な学習環境ではあったが、のちに国家の発展にも寄与する貴重な教育施設となった。また、それまで軽視されてきた女性や障害者に対する教育も、19世紀の半ばより本格的に普及されるようになった。一度に多くの生徒を同時に教育するという、大量生産方式の教育(「ベル・ランカスター教育法」)が広まったのも、この時代からである。
このような多様な教育改革により、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国の教育は目覚ましい発展を遂げ、現代の教育の原型が19世紀後半にはほぼ完成された。幾多の市民革命や産業革命を経て、ヨーロッパの資本主義社会は熟成され、「公教育」と呼ばれる全ての国民を対象とする画期的な教育制度が確立されたのである。まだまだ多くの矛盾や問題点が残されていたものの、公教育の重要性は民衆全体に強く認識されるようになった。
こうした展開はアメリカにおいても同様であり、第3代大統領のジェファソン(1743~1826)は、早くから公教育体制の樹立を訴えて法案を議会に提出している。そんなジェファソンの理念は後年、有名な教育家・バーナード(1856~1950)らによって継承され、アメリカの公教育制度は徐々に定着・発展していった。そして、それに伴って19世紀後半以降より全米各地に有力な大学が次々に創設され、こうした教育の力が、のちに到来する「アメリカの世紀」の巨大な礎となったのである。このような事象からも、近代国家の発展には公教育制度の全国的な普及が不可欠であることが理解できよう。
プロ野球「通算本塁打数と盗塁数がともに200以上の選手」一覧
名前(生年~没年/NPBでの経歴/NPBでの通算本塁打数・通算盗塁数)
①山本浩二(1946~/1969~1986広島/536・231)
②張本勲(1940~2026/1959~1975東映・日拓・日本ハム→1976~1979読売→1980~1981ロッテ/504・309)
③衣笠祥雄(1947~2018/1965~1987広島/504・266)
④秋山幸二(1962~/1981~1993西武→1994~2002ダイエー/437・303)
⑤有藤通世(1946~/1969~1986ロッテ/348・282)
⑥真弓明信(1953~/1973~1978太平洋・クラウンライター→1979~1995阪神/292・200)
⑦豊田泰光(1935~2016/1953~1962西鉄→1963~1969国鉄・サンケイ/263・215)
⑧緒方孝市(1968~/1987~2009広島/241・268)
⑨高木守道(1941~2020/1960~1980中日/236・369)
⑩石毛宏典(1956~/1981~1994西武→1995~1996ダイエー/236・243)
⑪小鶴誠(1922~2003/1942~1947名古屋・中部日本→1948急映→1949大映→1950~1952松竹→1953~1958広島/230・241)
⑫白仁天(1943~2026/1962~1974東映・日拓・日本ハム→1975~1976太平洋→1977~1980ロッテ→1981近鉄/209・212)
⑬福本豊(1947~/1969~1988阪急/208・1065)
⑭蓑田浩二(1952~/1976~1987阪急→1988~1990読売/204・250)
⑮松永浩美(1960~/1978~1992阪急・オリックス→1993阪神→1994~1997ダイエー/203・239)
⑯松井稼頭央(1975~/1994~2003西武→2011~2017楽天→2018西武/201・363)
好きな「スーパーファミコンのゲームソフト」ベスト10
①『ドラゴンクエストⅤ 天空の花嫁』(エニックス/1992.9.27)
②『MOTHER2 ギーグの逆襲』(任天堂/1994.8.27)
③『スーパーマリオワールド』(任天堂/1990.11.21)
④『かまいたちの夜』(チュンソフト/1994.11.25)
⑤『パネルでポン』(任天堂/1995.10.27)
⑥『ドラゴンクエストⅥ 幻の大地』(エニックス/1995.12.9)
⑦『ファイナルファイト』(カプコン/1990.12.21)
⑧『スーパーマリオRPG』(任天堂・スクウェア/1996.3.9)
⑨『学校であった怖い話』(バンプレスト/1995.8.5)
⑩『トルネコの大冒険 不思議なダンジョン』(チュンソフト/1993.9.19)