「1960年代生まれの日本人プロ野球一軍監督経験者」一覧(正式に監督に就任した者のみ)
名前 ①生年②現役時代の経歴③現役時代の活躍度(S、A~E)④監督時代の経歴⑤監督時代の活躍度(S、A~E)⑥短評
西村徳文 ①1960②ロッテ1982~1997③A④ロッテ2010~2012、オリックス2019~2020途中⑤B⑥ロッテ時代の2010年に「下剋上日本一」を達成する
福良淳一 ①1960②阪急・オリックス1985~1997③B④オリックス2015途中~2018⑤D⑥4年連続Bクラスだったが、後に訪れる黄金時代の礎を築く
森脇浩司 ①1960②近鉄1979~1983→広島1984~1987途中→南海・ダイエー1987途中~1996③C④ソフトバンク2006途中→オリックス2012途中~2015途中⑤C⑥2014年はチームをゲーム差なしの2位に躍進させるが、翌年6月に成績不振で退任
牛島和彦 ①1961②中日1980~1986→ロッテ1987~1993③A④横浜2005~2006⑤D⑥低迷しているチームの再建を期待されるが、わずか2年で退任
栗山英樹 ①1961②ヤクルト1984~1990③C④日本ハム2012~2021⑤A⑥コーチ経験のないまま監督に就任し、初年度にいきなりリーグ優勝を果たす
秋山幸二 ①1962②西武1981~1993→ダイエー1994~2002③S④ソフトバンク2009~2014⑤A⑥2011年と2014年にチームを日本一に導く
伊東勤 ①1962②西武1982~2003③A④西武2004~2007、ロッテ2013~2017⑤B⑥監督生活9年のうちの6年はAクラス
和田豊 ①1962②阪神1985~2001③A④阪神2012~2015⑤C⑥2014年にシーズン2位ながら日本シリーズに進出を果たす
工藤公康 ①1963②西武1982~1994→ダイエー1995~1999→巨人2000~2006→横浜2007~2009→西武2010③S④ソフトバンク2015~2021⑤S⑥2015年と2017年から2020年まで日本シリーズ優勝を果たした文句なしの名将
藤本博史 ①1963②南海・ダイエー1982~1998途中→オリックス1998途中③B④ソフトバンク2022~2023⑤D⑥2022年に新人監督として開幕8連勝の新記録を樹立するが優勝はできなかった
吉井理人 ①1965②近鉄1984~1994→ヤクルト1995~1997→MLB→オリックス2003~2007途中→ロッテ2007途中③A④ロッテ2023~2025→楽天2026途中~⑤C⑥2026年6月、楽天にシーズン途中としては異例の監督就任を果たす
渡辺久信 ①1965②西武1984~1997→ヤクルト1998③A④西武2008~2013、2024途中⑤B⑥監督初年度に現時点で球団として最後の日本一を達成する
古田敦也 ①1965②ヤクルト1990~2007③S④ヤクルト2006~2007⑤D⑥師匠・野村克也以来の「選手兼任監督」に就任するが、現役引退と同時に監督を退任
与田剛 ①1965②中日1990~1995→ロッテ1996~1997→日本ハム1998~1999→阪神2000③C④中日2019~2021⑤D⑥2020年に久々にチームをAクラスに導くが、翌年は再び低迷しあえなく退任
池山隆寛 ①1965②ヤクルト1984~2002③A④ヤクルト2026~⑤?⑥現役時代から球界屈指の人気者だったが、59歳で満を持して一軍監督に就任
野村謙二郎 ①1966②広島1989~2005③S④広島2010~2014⑤C⑥監督時代は苦しいことが多かったが、黄金時代の土台を築いたことが高く評価されている
田邊徳雄 ①1966②西武1985~1999→巨人2000③B④西武2014途中~2016⑤D⑥監督としての通算成績は176勝189敗12分
大久保博元 ①1967②西武1985~1992途中→巨人1992途中~1995③D④楽天2015⑤E⑥「親父」と慕う闘将・星野仙一の後継として監督に就任するが、最下位に沈んで1年で退任
佐々岡真司 ①1967②広島1990~2007③A④広島2020~2022⑤D⑥監督時代は5位、4位、5位で期待には応えられず
金本知憲 ①1968②広島1992~2002→阪神2003~2012③S④阪神2016~2018⑤D⑥監督在任当時は何かと批判されることが多かったが、今ではチーム方針を「生え抜き主義」に転換させた功労者として評価されている
高津臣吾 ①1968②ヤクルト1991~2003→MLB→ヤクルト2006~2007③A④ヤクルト2020~2025⑤A⑥2021年に19年ぶりの日本一、翌年に29年ぶりのリーグ連覇を達成
矢野燿大 ①1968②中日1991~1997→阪神1998~2010③A④阪神2019~2022⑤C⑥2022年の春季キャンプイン前日に「今季限りの監督退任」を発表し、大きな話題を集める
緒方孝市 ①1968②広島1987~2009③A④広島2015~2019⑤A⑥リーグ3連覇を達成しているわりには、あまり「名将」扱いを受けていない
中嶋聡 ①1969②阪急・オリックス1987~1997→西武1998~2002→横浜2003→日本ハム2004~2015③B④オリックス2020途中~2024⑤S⑥長期間低迷していたチームを見事に再建し、リーグ3連覇&日本一を達成する
立浪和義 ①1969②中日1988~2009③S④中日2022~2024⑤E⑥現役時代はスーパースターだったが、監督としては全く力を発揮させることができなかった
「社会的養護」に関するレポート
「児童福祉法」は、1946年に規定された日本国憲法の基本理念に基づき、それまでの時代にはさほど注目されてこなかった「子どもの権利」について具体的に表したものである。児童福祉法では、児童育成の責任を保護者とともに国および地方公共団体が負うという公的責任についても明らかにされた。
戦後まもない時代にこうした法律を規定した背景には、戦争で家族・家庭を失った子どもが急増したことを踏まえ、そのような子どもに限らず全ての子どもを対象とし、社会全体で健全育成を図り、その福祉を積極的に推進しようとする国の決意が垣間見える。近代に移行する以前のヨーロッパ社会では、子どもは「小さな大人」と呼ばれ労働力の一部に組み込まれており、日本にもまだそんな風潮が少なからず残っていた。しかし戦後にすぐに制定された児童福祉法によって、このような前時代的な考え方は消滅された。そしてその後、「子どもは、保護者のみならず社会全体で育成していくもの」という「社会的養護」の考え方が徐々に社会に定着するようになった。
他方、近代前の社会において子どもが置かれていた環境や立場は、今では考えられないほど劣悪なものであった。古代・中世社会では、大人は子どもを遺棄しても殺しても、咎めを受けることはなく、子どもの存在は「大人の従属物」としか考えられてこなかった。日本でもかつては、子どもを労働力として公然と売買したり、借金返済のために子女を身売りしたりするなど、残酷な方法で大人たちは子どもを支配してきた。また口減らしのため堕胎、生まれたばかりの赤ん坊を殺す間引き、捨て子も横行されてきた。諸外国でも子どもへの扱いは日本同様、酷い時代であり、子どもは産業を発展させるための労働力として扱われ、過酷な労働によって大人になる前に亡くなる子どもも少なくなかった。
こうした時代の子ども観は、あくまでも「子どもは労働力の一部である」という側面ばかりが強調されており、前述した「社会全体で育成していくもの」という観点が著しく欠落していた。逆に考えるとそこまでの余裕がなく、「自分が生きていくだけで精いっぱい」という時代でもあった。時代が近代に入ると、そうした考え方に徐々に変化が生まれ、「次代の国民として教育していく」という子ども観が少しずつ醸成されるようになってきた。
日本では、本格的な「近代国家」を確立させていった明治時代から、生活困窮者や養育者のいない子どもを救済しようとする仕組みが形成されるようになった。1871年には、遺児を養育する者に子どもが15歳になるまで年に7斗の米を支給する「遺児養育米給与方」が、1873年には、貧困家庭に対して一時金(5円)を養育料として支給する「三子出産貧困者へ養育料給付方」が新たに定められた。こうした法律は画期的ではあるものの、この時代にはまだ救済が不十分であり、国民生活の困窮とともに子どもが家計を支えるために安価な労働力として仕事に就くことや売買されることも多発された。この時代(明治・大正・昭和初期)は、全国各地に学校だけではなく、不良・非行少年および障害児のための保護施設・保育施設が数多く建設された時代でもあったが、そうした崇高な理念と実態が伴わない厳しい時代でもあった。1929年に「救護法」、1933年には「児童虐待防止法」と「少年救護法」が制定されたが、これらの法律が困窮児の保護に十分な機能を発揮することは叶わず、非行児童の増加や欠食児童、人身売買、親子心中などが社会問題としてクローズアップされるようになった。
こうした子どもに関する社会問題が顕在化するなかで、第二次世界大戦(太平洋戦争)が始まり、国民の生活はさらに困窮し、子どもの栄養障害、あるいは軍事産業での児童労働が発生するようになった。そして戦争が終わると街中に、戦災孤児、引き揚げ孤児、浮浪児などが溢れかえるようになった。こうした状況を踏まえて制定されたのが、冒頭に記述した「児童福祉法」である。その後、1960年代からの高度経済成長によって、国民の生活水準は飛躍的に向上した。しかしその一方で、非行少年、情緒障害、神経症、自殺児童の増加などが社会問題となった。こうしたことから「社会的養護」の必要性が高まり、地域社会のなかで情緒障害などを有した子どもを教育・治療したり、自立を目指したりする施設が各地で開設されるようになった。
「社会的養護」とは、劣悪な家庭環境で厳しい生活を強いられている要保護児童を公的責任で社会的に養育し、保護すること、あるいは養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことである。社会的養護が実施されるタイミングは、親の病気、虐待などによって家庭養育が難しくなったときに、子どもの最善の利益の観点から、その子どもにとって家庭から分離した保護が必要であると児童相談所が判断した場合などである。
かつて社会的養護は、親がいない、あるいは親に育てられない子どもを中心とした施策であったが、現在では虐待を受けた子ども、何らかの障害を有する子ども、ドメスティック・バイオレンス(DV)被害の母子などが増えてきている。さらに近年では、子育てに困難を抱える世帯がこれまで以上に顕在化してきていることもあり、社会的養護の重要性がますます高まっている。要保護児童の実態は多種多様であるが、学校や施設等において突然怒り出す、大声で泣き出す、衝動的に外に飛び出すなど、不安定な言動をくり返す子どもが多い傾向が見られる。また、繊細で神経質な心情をもつ子どもが多い傾向があることも指摘できる。
このような社会的情勢を踏まえ、1997年には児童福祉法が改正され要保護児童施策において児童の自立支援が強調された。また、2000年には、「児童虐待の防止等に関する法律(児童虐待防止法)」の制定により、虐待に対する行政の強化や、虐待をした保護者に対して行政の指導が義務づけられた。だがその一方で、2024年に全国の警察が検挙した児童虐待事件は2649件で、過去最多となったことが警察庁の集計で明らかとなった。こうした厳しい実状を鑑み、里親制度のさらなる普及をはじめ、虐待の被害を受けた子どもに対して適切な養育環境を提供できるよう、さらに社会的養護の基盤を強化させていくことが強く求められている。
そのためにも、今後は国や自治体、民間企業、NPO、個人等が一体となって、要保護児童に対して安心して生活を過ごせる場を提供・保障した上で、愛着関係を構築するとともに自己肯定感を育んでいく環境を整備していくことが肝要となる。また、最近では、前述したように知的障害や発達障害などの障害を有する要保護児童も増えてきているだけに、個々の特性に応じた特別な配慮や専門的ケア、心理的ケアを実施していくことが必要不可欠となる。
ひとりぼっちの魂
日給5400円の日雇い労働を終えて
くたびれた体でバスに乗りこんだとき
「15年後のオレ」が目の前に映っていた
あれから21年の歳月が流れて今
「15年後のオレ」ではなく
「理想の今日」が目の前に映っている
ひとりぼっちの魂はさまよい続け
たったひとつの「幸せな人生」を
このオレに授けた・・・
欲しいものなんか何もないけど
とりあえず今は笑っておこう
明日は勝手にやってくるから
ジョー・ドーリングよ静かに眠れ
44年の生涯をプロレスに捧げ
お別れの言葉さえ残さぬまま
エボリューションの魂を携え
今、安らかに眠る
心優しき戦士
ジョー・ドーリング
あの勇猛なファイトを
あの獰猛なパワーを
そして最高の笑顔を忘れない
Thank You JOE!
and...
Good Bye!!
「映画“男はつらいよ”に出演したマドンナ役女優」の一覧
①光本幸子(1943~2013)…1
②佐藤オリエ(1943~)…2
③新玉美千代(1940~2001)…3
④栗原小巻(1945~)…4、36
⑤長山藍子(1941~)…5
⑥若尾文子(1933~)…6
⑦榊原るみ(1951~)…7
⑧池内淳子(1933~2010)…8
⑨吉永小百合(1945~)…9、13
⑩八千草薫(1931~2019)…10
⑪浅丘ルリ子(1940~)…11、15、25、48、49、50
⑫岸恵子(1932~)…12
⑬十朱幸代(1942~)…14
⑭樫山文枝(1941~)…16
⑮大地喜和子(1943~1992)…17
⑯京マチ子(1924~2019)…18
⑰真野響子(1952~)…19
⑱藤村志保(1939~2025)…20
⑲木の実ナナ(1946~)…21
⑳大原麗子(1946~2009)…22、34
㉑桃井かおり(1951~)…23
㉒香川京子(1931~)…24
㉓伊藤蘭(1955~)…26
㉔松坂慶子(1952~)…27、46
㉕音無美紀子(1951~)…28
㉖いしだあゆみ(1948~2025)…29
㉗田中裕子(1955~)…30
㉘都はるみ(1948~)…31
㉙竹下景子(1953~)…32、38、41
㉚中原理恵(1958~)…33
㉛樋口可南子(1958~)…35
㉜志穂美悦子(1955~)…37
㉝秋吉久美子(1954~)…39
㉞三田佳子(1941~)…40
㉟檀ふみ(1954~)…42
㊱夏木マリ(1952~)…43
㊲吉田日出子(1944~)…44
㊳風吹ジュン(1952~)…45
㊴かたせ梨乃(1957~)…47
窓の外の世界
良心がなくなり善人も消失した
季節がなくなり故郷も崩壊した
自然がなくなり動物も絶滅した
文明が進化して知性は退化した
憎しみが残って戦争が始まった
人々は食欲と性欲だけを頼りに生きている
ゴミと情報があふれる世界に雷鳴が轟く
やがて神様はニヤリと笑った
1998年の反逆者
携帯電話を持たずに知らない町を練り歩く
目的地にたどりつけなくても焦る必要はない
不用になったチケットをにぎりしめて
何度でも同じ電車に乗りこもうよ
笑いたいときは笑えばいいじゃないか
誰も追いかけてこないし惑うこともない
なにもなき毎日にため息をこぼしても
心の片すみにいつの日か花が咲く
我こそは1998年の反逆者なり
四畳半の畳の上で耳かきしながら死ぬ男
昭和30~40年代の主な社会変動
昭和30年
「神武景気」/「森永ヒ素ミルク中毒事件」発生(死者は130名)/自由民主党結成(「55年体制」始まる)/家庭に電化製品が普及する(「三種の神器」)/トニー谷の長男(6歳)が誘拐される
昭和31年
日本が国際連合に加入する/経済白書「もはや戦後ではない」/ソ連と国交回復(日ソ共同宣言)/水俣病公式発見/映画館新築ブーム
昭和32年
「なべ底不況」/欧州経済共同体(EEC)発足/ロカビリーブーム/南極観測隊が南極大陸に初上陸/東京都の人口(850万人)が世界最大になる
昭和33年
買春禁止法罰則規定施行(「赤線」が廃止される)/東京タワー完成/アルジェリア独立戦争/皇太子婚約/一万円札発行(肖像画は聖徳太子)
昭和34年
「岩戸景気」/プロ野球・天覧試合で長嶋茂雄がサヨナラホームラン/伊勢湾台風が上陸(死者は約5000人)/ダッコちゃん人形ブーム/メートル法実施
昭和35年
政府の所得倍増計画/日米安全保障条約改定反対運動/浅沼社会党委員長、山口二矢に暗殺される/カラーテレビの本放送開始/山野ドヤ街で初めての大暴動が勃発
昭和36年
全国学力テスト開始/ソ連・ガガーリンが人類初の宇宙飛行に成功/レジャーブーム/農業基本法公布(農村人口の流出と食料自給率の低下を招く)/柏戸と大鵬が同時横綱昇進
昭和37年
日本経済が急成長/キューバ危機/テレビ受信契約数が1000万を突破/文京区に後楽園ホールがオープン/マリリン・モンローが謎の急死
昭和38年
「鉄腕アトム」放送開始/J・F・ケネディ大統領と力道山が衝撃の急死/三井三池三川炭鉱で炭塵爆発(死者は458名)/日本初の本格的な高速道路(名神高速道路)が開通/「吉展ちゃん誘拐殺人事件」発生
昭和39年
東海道新幹線開通/東京オリンピック開催/海外旅行自由化/連続殺人魔・西口彰、熊本県で逮捕される/池田内閣総辞職(佐藤内閣成立)
昭和40年
四日市で公害認定制度が発足/プロ野球でドラフト会議が始まる/朝永振一郎がノーベル物理学賞を受賞/日韓条約成立/ベトナム戦争が激化
昭和41年
「いざなぎ景気」/千歳発の全日本ボーイング727型機、羽田空港到着寸前に墜落(死者は133名)/ビートルズ来日公演/日本の人口が1億人突破/連続テレビ小説「おはなはん」大流行
昭和42年
公害対策基本法公布/佐藤総理大臣が「非核三原則」を表明/EC成立/ASEAN結成/ミニスカートブーム
昭和43年
日本のGNPが世界第二位になる/「三億円事件」発生/「週刊少年ジャンプ」創刊/川端康成がノーベル文学賞を受賞/キング博士とロバート・ケネディが相次いで暗殺される
昭和44年
熊本県の患者家族らが水俣病第一次訴訟を提訴する/「アポロ11号」人類初の月着陸に成功/東名高速道路全通開通/「サザエさん」放送開始/学園闘争が激化
昭和45年
大阪万国博覧会が開催される/日本初の「歩行者天国」が新宿などで始まる/三島由紀夫、市ヶ谷駐屯地で割腹自殺/ウーマンリブ第1回大会が行われる/沖縄のコザ市で大暴動が勃発
昭和46年
全国規模で公害問題が深刻化/環境庁発足/広島県呉市で大規模な山林火災が発生(消防士18名が殉職)/日本初のマクドナルド第1号店が銀座にオープン/日清食品「カップヌードル」発売
昭和47年
田中総理大臣が「日本列島改造論」を表明/日中共同声明/沖縄が日本に返還される(琉球王国が廃止され沖縄県が始動)/地価高騰/「あさま山荘事件」発生
昭和48年
熊本水俣病訴訟原告に勝利判決/変動相場制導入に伴い円が急騰/「石油ショック」で社会が大混乱(「狂乱物価」を誘発する)/「金大中事件」発生/ブルース・リーが脳浮腫で急死(32歳)
昭和49年
戦後成長率が戦後初の低下/小野田寛郎元少尉、フィリピン・ルバング島から約30年ぶりに帰還/長嶋茂雄引退/日本初のセブンイレブン第1号店が豊洲にオープン/超能力ブーム(ユリ・ゲラー来日)
この道
苦しみをジョークに
悲しみをギャグに
孤独を喜びに
屈辱を幸せに
そして又、
不安という名の友達と
唯一無二のこの道を
自由気ままに歩いていく
叶わぬ願いは誰にも言わない
切ない想いだけを心に包む
それでも歩くよ
この道を・・・