やくざの大親分とも手を組み、もし、薩長が武力で、江戸城を占拠することがあったなら
親分の手を借りて、江戸の人を逃がし、江戸中を燃やしてしまうことも考えていました、
ただのインテリではなく、度胸も据わった人だったのですね。
また徳川家にも仁義をはかり、慶喜を殺さないように薩長新政府に働きかけます。
すべてバランスよく、日本の国の在り方を考え、実行した人なんですね。
私は以前、勝海舟の住居があった、東京赤坂の氷川神社あたりを散策に行きましたが、
彼を彼を敬う、何か記念物を探しに行きましたが、何も発見できませんでした。
ネットで何か、碑が立っているところがあるのを見つけましたが、そんなものも
見つけられませんでした。
西郷隆盛は上野公園、大久保利通は、赤坂見附、大村益次郎は靖国神社、それぞれ
銅像が立っていますが、みんな薩長の人です。
こんな薩長のやからよりもっと偉い人が、江戸幕府にはいたのですが、本当に残念です。
我々が学校で習ってきた、明治維新は、本当に、薩長側が新しいことをやってきたと
学んできましたが、実は、これは、いつの時代も戦いに勝った(鳥羽伏見の戦い、戊辰戦争)ほうの歴史が、正しいとされますが、この明治維新もやはり、勝った薩長側の歴史になっているのですね。
つづく・・・
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