このころ、幕府内では、ロシアと手を組んで、
アメリカと対峙しようという考え方もあったようです。アメリカはあまりにも強引で、開国しないと、江戸に大砲をぶち込むと堂々と言ってきたわけですから。
それに比べるとまだロシアのほうが話ができる、という事です。
しかし、この川路さんや、筆頭老中の阿部正弘さん、ロシアがほんとに日本と同盟を組んで、日本を守ってくれるかという事に非常に疑問を抱いて、迷っていたそうです。
アメリカにはロシアと手を組むぞというそぶりを見せながら、うまく、アメリカを譲歩させようとしていたのです。
そこに意見をしてきたのが、あの徳川慶喜のお父さん水戸の徳川斉昭です。
彼はロシアと、アメリカはすでに談合が成り立っているだろうから、アメリカと対抗するために、ロシアと組もうと考えるのは全く危険であると断言してきたのです。
どんなに苦しくても、アメリカと真正面から交渉しろと、言ってきました。
この方尊王攘夷の元祖です。見事に状況を把握していました。
第二次世界大戦の終わりころ、日本は条約を交わしていた、ロシアを介して、アメリカに交渉しようとしました。
そのあとすぐロシアは条約を破棄して、宣戦布告してきました。
なんども言いますが、なんでこのころの幕府の方々、これほど卓見を持っている人が多かったかという事です。
今のように大学のような高等教育はない時代、
また書物もそんなに手に入らない時代、どうやって勉強し、世界情勢を研究していたのでしょう?独学で勉強していたんでしょうね。
今みたいに情報はあらゆるところからとれるのに、やっていることは迷走ばかりですよねえ・・・
つづく・・・

