さんきゅー銀行員のひとり言。 -12ページ目

ダイエット成功。

今まであんまり真剣にしたことなかったダイエット。この度、どんどん体重を落としていってます(^O^)/

方法は・・・ズバリ授乳。なんでも一日850キロカロリーの消費らしい☆結婚して⑤㌔増えた体重も結婚前マイナス①㌔に(ノ゚O゚)ノ
現在42.6まで落ちました。どーりでチビがめきめき大きくなるはずだ。

ところで妊娠中やたらと殿方に「母乳で育てるの?」と聞かれてました。なんでそんな当たり前のこと聞くんやろ~と思いつつ「でるなら母乳で育てますょ」と答えてました。
今思えばあの質問て要するに、おっぱい垂れるのがイヤだから出るけどミルク!ニンプになってもまだ現役の自分第一ってキャラに見えてるってことのようで・・・光栄です。そんな理由でミルクをあげる人っているのでしょうか。

おかげさまで
うっかり横向いて寝ると自分の重みでベッドがびしょびしょになるくらい乳が出ます。ホルスタインです。

仕事を休んで4ヶ月。

ほんとは5月からの産休を支店長にお願いして、4月の3週目で休みに入った。


人事出身の支店長だからか、休みを早めることについて

「人事部に相談してからでないと、ボクの一存では決められないからね」

と言われた。


”ボク”が支店で1番エライのに決められへんって・・・

そんなんやから副支店長に「アイツ、バカだから」なんて平気で言われるんだよ!!


だいたい有給使っての休みなのに・・・

結果、休めたのでいいですが。


サトー課長がじゃんじゃん残業させるし、

ヨシダ代理は「ちょっとマド出て。あたしお昼行ってくるから」と容赦ない。

切迫流産で休んだときも「じゃあ有給消化で」って。


おかげで支店に何の思い入れもなく休めました。


確かに転勤して②週間で妊娠発覚、半年後には産休2年取ります!

なんてオンナは使い勝手が悪かったでしょう。


今から復帰後どこに転勤になるか、楽しみです。

産休関係なく、人事部から嫌われているのはもう知ってます。


そのころ「人事の支店長」はもういないんだろうな。

ゼウスの呪いが解けていることを切に願います。

リアル出産報告。

まずは記憶の新しいうちに残したかったこと。


10月に妊娠発覚、6月15日が予定日。


予定日になっても産まれそうにナイ・・・

これが最後かも、と思ってKと外食ナイフとフォーク


バードクラブ副会長としてトリははずせないので焼き鳥へ。

なんだか店が混んでて落ち着かないし。ビールのない焼き鳥ってちょっと悲しい・・

というわけで、寿司屋もハシゴ音譜


その夜から「おしるし」が始まる。



19日の朝、ついに陣痛が来た!!

病院に電話すると「もう少し様子見てまた電話して~」となんだかノンキ。

1時間くらいガマンしたけどやっぱキてる。もう一度電話して病院へGO車

・・・なのに「まだまだ」って家に帰される(x_x;)  ぅそやん!


これでもまだなんて信じられない!でもどうしようもないし、痛みを忘れる事に決める。

今思えば「忘れられる痛み」なんて痛みじゃない(汗)


晩ご飯はずっと行きたかった王将へ。こうなったら痛くても意地で食べる。

家に帰ったらハマってた「脱出ゲーム」と「麻雀ソリティア」をしてごまかす。


なんとか5分間隔まで陣痛が来るのをガマンして再び病院へ。ようやく入院させてもらえる。

ここからが試練の道だった(T▽T;)




とにかくお産が進まない!!

子宮口が10㌢開かなきゃ産めないのに、入院時で2.5㌢。


結局陣痛開始から38時間かかってしまった。


その間したこと

・お風呂に入る


・テニスボールでお尻の穴を押してもらう(いくら押してもらっても痛くない)


・息を吐きまくる(ヒーヒーフーなんてできるか!!)


・点滴の台を押しながらおしっこに行く(助産士さんに「ぜったいウ○コしたらアカンよ!」と脅される)


・院長、助産士に泣きをいれる(「分娩台に上がらせてください」「切ってください」「もうムリかもしれません」)


・ほんとに泣く


なんとかがんばって後少しで分娩台へ!となったころ担当の助産士さんが「ちょっと用事あるから練習してて」

と陣痛室に残される。


仕方ないからココで産んでやる!ばかりにヒザをかかえていきんでみた。

でも産まれない。当たり前。


やっと念願の分娩台へ!すっごく痛いけどうれしかったー。

なんせ⑤人の人々に抜かれて、隣の部屋から聞こえる産声に何度涙したことか・・


会陰切開のときに先生や助産士さんにやたらと「今から赤ちゃんがでやすいようにお手伝いしますねー」

とか言われる。

でも実際はそんなのどうでもいい!ハイ、いくらでも切ってください!!ってカンジ。

麻酔の注射をして「ぱちん」と切ってもらう。


立ち会ったK曰く

「あの時は血がぴゅーっと飛んで、オレもうアカンと思った」らしいけど。


何度目かのいきみのあとムルッと生暖かい赤ちゃんが!!


「ちゃんとニンゲンが入ってたー」と思わず叫んで号泣しょぼん

ホントにうれしかったな~


切開のときよりもインパクトが強いのは縫うとき。

そんなに切ったっけ??と思うくらい何度もチクチク。


すでに産みの痛みはウソのように去っていたので「先生、キツめに縫うてください」

って古典ギャグを言おうかと思ったけど、さすがに不謹慎かと自粛。

ふらつきがひどく、自力で立てないので車イスで病室へ。

お風呂も2日入れなかったので助産士さんにタオルでふいてもらう。

介護レベルが高くてスイマセンと謝ってばかり。


結局、出血が多くて退院が延期。

院長が診察の度に「退院はもう少し先ですねー」と言っていたのに

ある日「テラさんってもともと色白なんですね」で退院。顔色で判断してたのかよー!!

と、とにかく思ってた以上に大変な出産だったけど

母子ともに生きててよかったー得意げ

あんなに自分が死に近づいたのははじめてでした。






自分でお産を経験しておもったこと。

・代理出産なんて何億つまれてもできない


・妊婦の体重管理はイミがない(5㌔しかふえてなかった)