リアル出産報告。 | さんきゅー銀行員のひとり言。

リアル出産報告。

まずは記憶の新しいうちに残したかったこと。


10月に妊娠発覚、6月15日が予定日。


予定日になっても産まれそうにナイ・・・

これが最後かも、と思ってKと外食ナイフとフォーク


バードクラブ副会長としてトリははずせないので焼き鳥へ。

なんだか店が混んでて落ち着かないし。ビールのない焼き鳥ってちょっと悲しい・・

というわけで、寿司屋もハシゴ音譜


その夜から「おしるし」が始まる。



19日の朝、ついに陣痛が来た!!

病院に電話すると「もう少し様子見てまた電話して~」となんだかノンキ。

1時間くらいガマンしたけどやっぱキてる。もう一度電話して病院へGO車

・・・なのに「まだまだ」って家に帰される(x_x;)  ぅそやん!


これでもまだなんて信じられない!でもどうしようもないし、痛みを忘れる事に決める。

今思えば「忘れられる痛み」なんて痛みじゃない(汗)


晩ご飯はずっと行きたかった王将へ。こうなったら痛くても意地で食べる。

家に帰ったらハマってた「脱出ゲーム」と「麻雀ソリティア」をしてごまかす。


なんとか5分間隔まで陣痛が来るのをガマンして再び病院へ。ようやく入院させてもらえる。

ここからが試練の道だった(T▽T;)




とにかくお産が進まない!!

子宮口が10㌢開かなきゃ産めないのに、入院時で2.5㌢。


結局陣痛開始から38時間かかってしまった。


その間したこと

・お風呂に入る


・テニスボールでお尻の穴を押してもらう(いくら押してもらっても痛くない)


・息を吐きまくる(ヒーヒーフーなんてできるか!!)


・点滴の台を押しながらおしっこに行く(助産士さんに「ぜったいウ○コしたらアカンよ!」と脅される)


・院長、助産士に泣きをいれる(「分娩台に上がらせてください」「切ってください」「もうムリかもしれません」)


・ほんとに泣く


なんとかがんばって後少しで分娩台へ!となったころ担当の助産士さんが「ちょっと用事あるから練習してて」

と陣痛室に残される。


仕方ないからココで産んでやる!ばかりにヒザをかかえていきんでみた。

でも産まれない。当たり前。


やっと念願の分娩台へ!すっごく痛いけどうれしかったー。

なんせ⑤人の人々に抜かれて、隣の部屋から聞こえる産声に何度涙したことか・・


会陰切開のときに先生や助産士さんにやたらと「今から赤ちゃんがでやすいようにお手伝いしますねー」

とか言われる。

でも実際はそんなのどうでもいい!ハイ、いくらでも切ってください!!ってカンジ。

麻酔の注射をして「ぱちん」と切ってもらう。


立ち会ったK曰く

「あの時は血がぴゅーっと飛んで、オレもうアカンと思った」らしいけど。


何度目かのいきみのあとムルッと生暖かい赤ちゃんが!!


「ちゃんとニンゲンが入ってたー」と思わず叫んで号泣しょぼん

ホントにうれしかったな~


切開のときよりもインパクトが強いのは縫うとき。

そんなに切ったっけ??と思うくらい何度もチクチク。


すでに産みの痛みはウソのように去っていたので「先生、キツめに縫うてください」

って古典ギャグを言おうかと思ったけど、さすがに不謹慎かと自粛。

ふらつきがひどく、自力で立てないので車イスで病室へ。

お風呂も2日入れなかったので助産士さんにタオルでふいてもらう。

介護レベルが高くてスイマセンと謝ってばかり。


結局、出血が多くて退院が延期。

院長が診察の度に「退院はもう少し先ですねー」と言っていたのに

ある日「テラさんってもともと色白なんですね」で退院。顔色で判断してたのかよー!!

と、とにかく思ってた以上に大変な出産だったけど

母子ともに生きててよかったー得意げ

あんなに自分が死に近づいたのははじめてでした。






自分でお産を経験しておもったこと。

・代理出産なんて何億つまれてもできない


・妊婦の体重管理はイミがない(5㌔しかふえてなかった)