25日11時過ぎに退院しました。
経緯
21日8時、当日、積雪有り。
ゴミ出しのためアパート敷地に面したゴミ箱直前で転倒、
右手首(利き手
出勤して報告、近くの整形外科へ。
直ぐに転医、通院している市立病院を希望するが日赤出身の医師のため
日赤か整形専門医以外渋られる。
日赤受診、手術を要するので明日から入院の指示。
CT、採血、問診を行い帰宅。書けないため
手首は最初の病院にて副木(グラスファイバー)で固定。
翌22日9時、日赤
入院手続き後、麻酔科、心電図、採血、胸部レントゲン等のち、
術式説明 全身麻酔、腕神経ブロック(鎮痛)、プレートビス止め、
なお、腱が損傷または金具に擦れて指が曲がらない状況になる可能性もある。
1年後の切れることもあるので、その時は手術にて対応。
上記の説明を受けて、病室へ。
入院~手術~寝巻等の同意書は文字が書けないため全て、代筆。
ベッドに座り、一息。
なにか見覚えのある病室、窓の外にはアーチ。
3年ほど前、長妹が帰省した折、急性増悪で入院した病室&ベッド。
遅めの昼食。
ロールパン、スープ、野菜ジュース。
看護師さん、薬剤師さん、揃って持参薬剤の確認と現在以降、
メトホルミン、プレドニゾロンの服用中止。
プレドニゾロンの代わりに点滴で
ヒドロコルチゾンコハク酸Na 25mlx3/1日、その他輸液。
プレドニゾロン換算18mgほどか?
ミニミニパレス??
点滴を開始し、冬至仕様の夕食
手術当日、朝・昼食は無し、夕食は状態をみて決定。
水分は明朝7時まで。
23日6時、採血、ヒドロコルチゾン点滴。
洗面後、ボーっとしていたら8時。
水分取り損ねた。。。。
10時から輸液点滴。
11時、手術室へ。
マスクをセットして周りを見ているうちに記憶なし。
いつもの吐き気・眩暈もなく麻酔から覚醒。時間不明。
酸素マスク3Lとのことで16時過ぎ、マスクを外して血圧、Spo2確認。
麻酔医が来ていたのはうっすら記憶。
当然、問診的に聞かれる。
水分飲用の許可が出た。
19時、夕食。
お粥と聞いていたが食パンと野菜ジュース。
トイレに行きたいので許可を求め、血圧などを測りながら自立。
眩暈もふらつきもないので歩行許可が出る。
21時消灯。
24日、暗いうちから点滴開始。
朝食。お粥。
初診日に退院予定的なことを聞かれたが術後に判断すると返答していたが朝一から今日でも退院できますよと。
看護師さんが数回、検査や点滴に。
お昼はクリスマス仕様。
夕方、16時頃に医師が術後の消毒と包帯からテープへ取替。
手術経過やリハビリー、手首・指への運動、荷重を聞くが主治医に聞いてくれとのこと。
ただ、荷重は絶対にかけないこと。
今、何かあっても再手術は不可との返答のみ。
18時近くに退院予定で看護師と押し問答があり、退院したほうが動きやすいと判断し25日午前中(10~11時)目途に退院と伝える。
25日 朝食後、入院会計は次回通院時にお願いしますとのこと。
聞き直したら、主治医の退院許可が出ていないので会計に書類を回せないでいたが先ほど許可が出たので11時頃、退院になるとのこと。
確かに術後、主治医に会っていない。理由を聞いたら近くの町立病院へ出張だったと。
確かに医師・看護師・スタッフの対応は素晴らしいが、患者に対する何かを忘れているような感じを受けた。
不在なら代わりの医師が対応しなければと不信感を覚えてしまった。
そんな割り切れない気持ちで退院。
自家用車は前日に駐車場に運んでもらっていた。
手の腫れは引かず、出血も止まっていなかったが、気分転換にアイスホッケー、ひがし北海道クレインズvsH.C.栃木日光アイスバックス戦を観戦にアイスアリーナへ。
アリーナでは多くの知人にゲームを見たいから退院したのかと問い詰められた。
手は紫で腫れているので違うと云っても信じてくれない。。
27日 会社出勤。お昼で早退。明日は仕事納めなので年明けまでお休み。
28日 24日キャンセルした市立病院精神科に処方箋と次回予約のため通院。
薬局へ行ったらアリーナで年末のご挨拶をした店員さんとバッタリ。
再度、ご挨拶をしてパンなどの軽食を買って帰宅。
ヒドロコルチゾン点滴 +輸液100ml
22日夕食 右下が冬至カボチャ
24日 昼食 クリスマス仕様
以上、顛末記報告です。
愚痴ばかりになりました。
ヒドロコルチゾン点滴の影響か?
老人が短期でも寝込むと極端に筋力が落ちたのか
Spo2が低めで疲れやすい。(安静90~92)
左手の指だけでブログを書くのはシンドイです。
昔からマウスでなくトラックボールなのでカーソル移動は大丈夫です。
さっき、眼鏡屋さんから電話。
新しい眼鏡が出来たようです。
明日にでも受取に行こう。
カバー画像は術前右手
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