4月11日に掲載した「判断」について、知人よりクレームが入りました。
脚のことは、これほどまでと思わなかったが、周りが心配したのは
交通事故で意識不明・記憶喪失になった時だと。
そう云えばありました。
本人が良く覚えていないので忘れていました。
え~。21歳の8月、北海道から東京に戻るときに事故に遭遇しました。
信号で停車中、過積載の10tダンプに60kmで追突されました。
ぶつかる直前に気が付きアクセルを踏み込んだのですが間に合わず、
10数m、飛ばされ川にかかっていた鉄管に引っかかり、転落は免れました。
助けを借りて堤防に戻ると駆け寄ってきた男性が「いきてるー」と云い倒れてしまいました。
頭もボーとしているが警察と消防に連絡、車は半分になっていたので菅で支えられたと判り、バックを取ってきてもらった。
先に救急車が来て倒れている男性(ダンプの運転手)だけを搬送。
tatiは近くの方がバイクで病院まで連れて行ってくれた。
頭部挫傷、頸椎ねん挫、頸椎損傷、全身打撲。
警官に話を聞かれる。
翌日(ほんとは3~4日後らしい)、その間、意識不明。
目が覚め、コードに繋がれ、体中痛いので治療を受けているのは理解。
なぜ傍に母がいるか不明。警官が来たが理由がわからない。話を聞いて事故と理解。
1ヶ月ほどで東京に転医。病院での記憶は隣の中学生に勉強を教えていた記憶がある。
事故現場は長野県だが実家からの経過がわからない。
山道具があったので、どこかに登っていたのだと推測。
事故前後数日間、一部記憶がない、事故による前向性と逆行性の記憶喪失。
上に書いた部分も4・5年掛かって思い出したものです。
資料や写真とで事故状況は間違いないと思われます。
10年くらいで概ね思い出したが脳が繋ぐため創作部分があるかも。
未だに空白部分があります。
加害運転手は安心して倒れたそうで心身的なものは何もありませんでした。
退院時、母が迎えに来て列車で東京へ。
30分もしないうちに吐き気と眩暈、頭痛で下車。
数回繰り返し東京の住居近くの病院へ。
晩秋のころ、自由になりました。
事故前後だけでなく思い出せない事、記憶力低下(メモ魔になりました)、
場所がわからなくなる等、記憶に関わる障害が数ヶ月続きました。
周りに迷惑をかけました。
交通事故はこの他、2回(接触事故(過)と信号無視の重大事故(被))
ついでなので、冬山で突風で飛ばされたり、雪崩にあったり、空腹で枯葉をミカンと
間違えたことも、怪我をして這いずって下山、そのまま病院行きもありました。
全て自力下山できました。
予定日を過ぎるか他人に発見されるまでは判らないのが単独の怖い部分です。
そのためには、何回も通い、攻めと逃げのルートを必ず作る。
好きな山でくたばれるか、絶対、下山するだけが支えでしたね。
ヒグマにも5~6回遭遇、最短距離は4~5m位。カムイだけど逢いたくない。
思い返せば、お掛けした迷惑だけが残り、その時々の縁に助けられてきました。
知人から指摘されなければ思い出せない事例もあり、書けて良かったと思います。
もう、でかいのはないと思います。が・・・・
「その節はご迷惑をお掛けしました。またやりそうですが宜しくお願い申し上げます」
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