息子、北海道大学、総合文系不合格からの、文学部・合格です。


河合塾偏差値によると、息子の共通テスト得点率76%は、前期の総合文系すらボーダーにギリギリ乗らないライン。それが後期だとさらに厳しく、ボーダーは81%。


とはいえ、諦めた時点で試合終了です。そんなことは安西先生に言われなくても分かっている。

分かっているけど、望みがさらに薄まったことは、もっと分かっているんです。


かと言って、前期の結果を前に、これでもかというほど落胆をアピールしてくる息子と一緒に落ち込んだところで、光が射してくるわけではありません。気を抜いたら暗い気持ちになってしまう自分の心に喝を入れ、

「そんなことしてるヒマあったら、後期の赤本ちょっとでもいいから眺めとけ!」と発破をかけ(聞こえてなかったっぽいけどね)、ぼくはぼくで、後期の小論文対策のために、本人が読んで役に立ちそうな参考書を、それこそ目を皿のようにして探し、コレ!という一冊に絞って、在庫のあった遠方の本屋(片道20キロ)まで、クルマをブっ飛ばして閉店間際に滑り込み、買って帰って息子に渡すなり、


「全部なんて読む必要ない。さらっと読んで、理解できてると思えるところは飛ばしていい。知らなかったことや重要と思うポイントを頭に入れたうえで、北大過去問の小論文を書いて、高校の先生に添削してもらえ。」


と言って、あとは任せました。どうやら過去問は3年分ほど解いて、先生に見せたようですが、なにせ小論文なので、どこが加点や減点になるのかなど、かなりの部分が“採点者の好み”に依ってしまう面は、少なからずあると思います。


けれどぼくは、彼の文章構成力の高さは、開成生の中でも頭ひとつ抜けていると、ずっと感じていました。

それが、後期に賭けるだけの武器になると思ったからこそ、ずっと前向きな気持ちを保てたのだと思います。


…そう、彼が北海道行きの飛行機に乗るまでは。


彼の姿が見えなくなった瞬間から、浪人になることを想定し、すぐに河合塾と駿台のパンフレットを取り寄せました(笑)

ここまで真逆の方向に、己の感情が入れ替わる経験は、44年の人生において覚えがありません。



彼が試験を終えて帰ってきてからは、落胆アピールの腹いせに、


「厳しいってことは自分でも分かってんだろ?そしたら、次のことも考えとくしかねーよなぁ。」


とか、


「あと一年あんのかー。そしたら北大よりも上を目指さないとダメだよなあ?」


とか、さんざん仕返ししてやりましたよ。親だって人間なんすよ。


だから、合格番号のなかに息子の番号を見つけたときは、見間違いでないことを3回くらい確認して、「よっしゃあ!!!」とデカい叫びとガッツポーズをしました。


それにしても、第一志望にすんなり合格できないのは、彼の運命なのでしょうか?

開成も繰上げ合格でしたし、今回も前期は不合格でした。


でもきっと、6年前と10月にした辛い思いが、反省することや前を向くことの重要さを彼に学ばせたから、今回の合格を掴むことができたのではないかと思います。



ぼくは親として我が子に、


「どんな経験も、プラスに変えられるように。」


ということを、ずっと意識して接してきました。(時には↑のような嫌味も言いますけれど。)


だから今回、もし浪人することになったとしても、彼が『この一年があって良かった』と思えるようになるためには、どんなふうに接すればいいだろう?ということを、合格発表の瞬間まで、ずっと考えていました。


それはすべて無駄になりましたが、それを気持ちよく喜べるのも、なかなかできない経験です。


こうして彼は、ぼくの手を離れ、不安や期待とともに、いろんな経験をするのでしょう。

変な親に育てられて、困ることもたくさん出てくるでしょうが、そこは本人の力で乗り越えてもらいたい。


開成生とは言えど、塾なし5ヶ月という短い準備期間で、旧帝大の合格を引き寄せたんです。そのくらいは容易いはず。


いい4年間を送ってくれよ、息子。


それにしても、金かかるなーーーーー!!!