小出しで申し訳ありませんが、臨床腫瘍学会で聞いてきたメモをまとめています。

今回はがんとお金と仕事について、NPO法人がんと暮らしを考える会の社労士さんからの発表です。

私自身はこれまで経営者として従業員のがんを3回経験し、また税理士という中小企業経営者の最も身近な相談相手としてがんとお金と仕事という問題について支援を行ってきました。

今回の学会参加の一番の動機は実際この辺りがどうなっているのかというのを知りたかったからです。

障害年金専門の社労士さんからのお話は初めて知ることがいくつもあり非常に有用でしたのでぜひ共有したいと思います。

 

「がんと暮らし~仕事のこと、治療費のこと、支援制度のこと~」

演者:石田周平 NPO法人がんと暮らしを考える会

ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)より

 

■NPO法人「がんと暮らしを考える会」

・訪問看護師をしていた現在の理事長が「患者さんが制度を知らなくて申請漏れして困っている」と聞いて始まった勉強会がそもそもの始まり

 社労士、ファイナンシャルプランナー、医師、看護師、保険外交員などが集まって制度の勉強会を開いた

・2011年にがん患者の経済的問題に取り組んでいこうとNPO法人化

・病院内でがん患者のお金と仕事の相談会をしている

 病院の相談支援センターで委託業務で社労士が相談をし、社会的苦痛の軽減を図っている

・主な事業

 月に一度の定期会:制度の確認や相談業務の事例を持ち寄る

 広く浅い患者支援:がん制度ドック

 深い患者支援:病院での個別相談

 

■がんのもたらす苦痛

・全人的苦痛:心の痛み、体の痛み、スピリチュアルな痛み、社会的な痛みがある

 その中でも社会的な痛みに対応しようとなった

・経済的な苦痛は身体的苦痛や精神的苦痛と大きく関係しているとされている

 経済的な苦痛はQOLだけでなく症状の強さとの関連が示唆されている

 

■がんと就労

・がん患者のうち仕事を続けたい人はアンケートでは92.5%

 理由としては家庭の生計を維持するためや治療費や生きがいなど、というのが東京都の福祉保健局の調査から出ている

・しかし中小企業の6割は両立支援に消極的で無理や難しいと回答している

 理由としては事業規模からして余裕がない、仕事量の調整が難しいということやどのように処遇していいのかわからないといったのが上がっている

 

■両立への配慮

・法令・ガイドライン→就業規則→労働契約→配慮

・就業規則の中に両立支援を盛り込むのは中小でも難しいが、社長さん考えてうまく就労が続けられているところもある

・制度だけでは限界があるので、うまく運用しながら配慮にしていくのが重要になっていく

・周囲の理解や協力、職場の裁量などを日頃から大事にして会社を経営していく必要があるのではないか

 

■休暇制度と勤務制度

・会社と社員の関係は労働に対して賃金をもらう関係だが、病気やケガで働けなくなったり時間を短くしたり違う部署になったりすると賃金を下げたり払わなくなったりするため、休暇制度や勤務制度で対応することが必要になる

・休暇制度:年次有給休暇

 有給を時間単位で認めてもらえば通院や体調の悪い時などに使える

 年次有給休暇は二年貯められるが消えてしまうので、いざ長期に休みたいときに積み立てておくという制度を導入している会社が増えてきている(失効年次有給休暇)

・勤務制度:短時間勤務制度、試し出勤制度、テレワーク、時差出勤、フレックスなど

・がんの症状や副作用は人それぞれ

 個々の状況に応じた柔軟な対応として、職場の裁量や周囲の理解・協力が必要になってくる

 どうしても制度だけに従業員をあてはめようとすると限界があるので制度からはみ出たところをどう柔軟に対応するかが問題となる

 

■中小企業の両立支援事例

・乳がん40代の女性、治療をしながら仕事を続けたい事務職準社員、20人くらいの食品製造業

 医師から通常勤務は難しいと言われたが、従来の毎日6時間の仕事をしないと暮らせないので社長に相談へ

 日々の体調で勤務時間を決めたいのと休憩を全員で一斉にとらなくていいようにしてほしいと頼んだ

 社長が労働時間に会社独自のフレックス(8時~19時までの間でいつ来てもいつ帰ってもいいが、本人希望の6時間働くという制度、通院のための中抜けもOK、コアタイムなし)を導入

休憩時間についても体調に合わせて自由にとってよいとなった

 無理しないよう週に一回常務などが状況把握の面談をすることにした

 「これをやってうまくいかなかったらまた一緒に考えよう」と社長が言っていた

 周りの従業員もモチベーションが上がった

 治療と仕事の両立を受け入れるのは労働者のみならず事業者にもメリットがある

 

■がん患者の障害年金

・がん患者も障害年金をもらえる可能性が高くなってきている

 10年前に社労士になったばかりの時は身体障害者以外は障害年金がもらえなかったが、今はどの病気でも怪我でも等級に該当すれば受給できるようになってきた

・「働いていると受給できない」とよく誤解されているが、実は働きながら障害年金をもらっている方も結構いる

・「人工肛門を取り付けたら障害年金三級」などはよく知られているが、実は副作用で日常生活や労働に制限のある場合は受給しながら就労することができる

・医師は70%くらいの体力に戻ったら復職のOKを出すが、軽労働など働き方を少し変える

ここで労働に制限があるということで障害年金を受給しながら働くことができる

 

■就労状況の確認ポイント

・軽度の症状があり、肉体労働は制限を受けるが、歩行、軽労働や座業はできるもの、という一般状態区分表の「イ」区分

・家事や事務はできるが休憩時間や残業や出張、重たいものを持たないなどの配慮や疲れやすい、体力面などの配慮が必要な人は障害年金の三級に該当する可能性があるが受給漏れが起きやすい

・相談に来た方の中には障害年金を受給できて働き方を見直すことができた人が多数いる

お給料が短時間分で少なくなるが、障害年金で入ってくるので体力的・精神的にも楽になる

 

■高齢化したがん患者のお金と仕事の問題

・60歳を過ぎると男性はがんに罹患する確率が非常に高くなる

 60歳で定年退職すると嘱託社員や非正規で収入が大幅に落ちるが、その時点がんになると経済的に大変なことになる

・60~65歳の間のしのぎ方

 嘱託職員になると老齢年金まで傷病手当で繋いで行ける人もいる

 障害年金でつないでいくやり方もある

 また老齢年金の繰り上げも使うこともできる

・メリットデメリットはあるので専門家への相談が必要である

 

■60代の自営業男性の事例

・大腸がんと診断されて半年間治療し手術によって人工肛門をつけることになった

 経営している飲食店を再開する自信はなくお店をどうするか悩んでいる

 郊外の自宅兼店舗のお店のローンはあと三年、子供は20代

・自営業ということなのでなかなか社会保障制度が使えない

 人工肛門なので障害者手帳4級に該当するが、他には高額療養費限度額認定ぐらいしかない

・個人事業では仕事しなくなった途端に収入がなくなる上、傷病手当金もない

・国民年金で障害基礎年金だが、初診日から待って1年6ヶ月待ってから申請する権利が出てくる

・個人事業主は仕事ができなくなった時かなりきつい

 

■40代男性の事例

・肝臓がんと診断されて2年、医師から残された時間は三か月以内と言われ、自宅で子供たちと過ごしている

 会社は半年前に退職し貯金で生活

 妻は専業主婦、子供は幼い

・就労不能状態なので障害年金の対象になるので申請し通った

・「リビングニーズ特約」で余命6ヶ月以内になるとお金が入るのを使った

・住宅ローンについては団信の説明をしたら奥さんは安心した

 

■50代女性の事例

・乳がんステージⅣで緩和ケアを選択し、職場に迷惑をかけたくないと退職を考えているが退職後が心配なので何か使える制度はないかと相談を受けた

・傷病手当金の対象ではあるが、毎月医師の意見書をもらって申請するというのが体力的に自信がないため本人は使いたくない

・年単位で認められる障害年金を勧めた

 このケースではは3年間の厚生障害年金2級を認められ、月額17万円を非課税で支給された

・傷病手当金や障害年金、雇用保険の基本手当、健康保険の切り替えという今利用できる制度を検討し、退職しても生活ができるようになった

・経済的不安が軽減されたことにより感情が落ち着き安心し退職しボランティア活動をしながら生活している

 余命3ヶ月と言われてから5年生きて最近亡くなった

・経済的、社会的な苦痛の軽減は色々な効果をもたらす

 

■収入と支出の問題

・医療費は自己負担額86万円、入院29万円、外来26万円、交通費6万年、などなど年間の負担額の平均はあるが保険や制度を使うと負担額は年間24万円くらいになる

・収入について年収400万くらいが診断後に半分くらいになってしまう

・収入低下による影響

 サラリーマンの場合、決まった支出は変わらないが、変動する支出が少し減り、それに加えて医療費が乗ってくるため支出の方が収入より多くなってしまう

 自営業の場合、収入がゼロになる

 年金収入の場合、収入はそのまま変わらないが、医療費のところが超過してしまうので不足分が出る

・実際問題になってくるのは決まった支出(固定費)である

 住宅ローンや子供の学費、自動車ローン、生命保険、携帯電話代など

 これをどうするか、固定費抑制の支援が必要になってくる

・住宅ローンは月々の返済を減らして期間を延ばすという方法がある

 こういう事情で月々いくらなら払えます、という交渉をすることができる

 返済総額は少し増えるが、ローンを借りている銀行に相談しに行くと最近はかなり話を聞いてくれるため、月々の返済を減らしてくれることがある

 

■まとめ

1利用できる制度を知ること、申請して請求すること

2収入があること、安易に仕事を辞めない。

3経済的な安心は家族の安心

4固定費を減らす

→これらを見つけるのががん制度ドック

社会的苦痛を少しでも軽減してもらいたい

 

■ディスカッション

・企業に外部から講師を招いてこのようなことを啓発するとだいぶ変わってくるのではないか

→最近厚労省が力を入れてきている

 

・身体障害者手帳と障害年金は別の制度か?

→身体障害者手帳は市区町村のサービスを受ける権利で、障害年金は税金から年金をもらう話であって違う制度である

 障害年金は手帳がなくても受けられる

 障害年金は人によって額が違うが、2級だと月々6万5千円くらい

 厚生年金だと3級まであって報酬比例がある

 

・専門家に申請を頼むと通りやすくなったりということがあるのか

→プロに相談して手伝ってもらうことができる

 障害年金専門の社労士に申請を依頼した方が通る確率は高くなる

 申請の際に申請者の経済的な状況はは審査の項目に全然ないが、自分で申請する人はそのことばかりを強調しがちである

 症状と日常生活と就労の状況を診断書にあわせてうまく整理して申請するのがポイントである

 

 

■私からのコメント

私の事務所は一人目のがん患者が当時の副所長、すなわち私の妻だったため、がんと仕事についての理解はそれなりにあるつもりです。

二人目が出た時はその身内の医療関係者の方から「ここまでがんをオープンにできる職場は珍しい」とお褒めの言葉をいただきました。

まだまだがんは「死の病気」と思われていた20世紀の出来事です。

 

演者の石田先生は制度だけでは限界があるので配慮を求めていくとおっしゃっていました。

これまではがんにかかると短期での死亡あるいは治癒しかなく、医学の飛躍的な進歩によって中長期的に治療をしながら生存できる時代を想定した制度設計が全くできていない現状では、使える制度をかき集めて足りないところは配慮を求めていくという方法はある程度仕方ないことだと思います。

しかしながら配慮には限界がありますし、配慮に与れる人とそうでない人が出てきてしまうのは社会の安定性や公平性の観点からあまり望ましいことではありません。

また個人事業主は配慮どころか現行の制度でも利用できるものがほとんどないという状態です。

中長期的に生存し働くがん患者を織り込んだ新たな社会制度の設計が望まれます。

私自身は障害者控除のような税制面での対応をできないかと模索中です。

 

講演後に演者の石田先生のもとにお話と名刺交換に伺いました。

中小企業の経営者が集まる地域の法人会や商工会議所などでこのような講演活動をしているかと聞いてみたところまだしていないそうでした。

今後そのような場にお呼びしてがんと仕事とお金についての啓発などを行えればと思います。

 

この仕事をしていると付き合う社労士の先生は企業の労務を専門としている方ばかりなので、障害年金を専門とする方からのご発表は非常に新鮮でした。

経済的苦痛を軽減すると精神的にも身体的にも苦痛が軽減するというのは私がこれまで見てきた事例でも見受けられました。

科学や医学の限界から未だがんは苦しい病気のうちに留まっていますが、制度設計で経済的苦痛だけでも軽減できればと思いましたし、税務と会計の専門家の端くれとして何か行動を起こさなくてはと思っています。