臨床腫瘍学会のメモのまとめです。

学会中に「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」という概念を知りました。

ACPとは「今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス」とされ、癌をはじめとする予後が限られた病気のケアにおいて最近注目を浴びているそうです。

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000173561.pdf より)

実際にこのACPを乳がん患者さんに対して行っている医療者の方からの発表がありました。

今後のがん治療のあり方を考えたり、自分自身の治療の着地点を見つける上で結構大事だと思いましたので共有いたします。

なお、紹介された事例が個人特定につながる可能性があるためネットでそのまま公開するのは不適当だと判断いたしましたので、職業などの属性を抜いておきました。

 

「薬物療法中の転移再発乳癌患者における就労希望の実際」

演者:小林心 がん研究会有明病院乳腺内科

共同演者:伊藤良則(がん研究会有明病院乳腺内科)、大野真司(がん研究会有明病院乳腺センター)

シンポジウム「がんと就労を可能にするための薬物療法マネジメント」より

 

■転移性乳がんの問題点

・昔は5年生存率が15%だったが今は45%

・生存期間中央値(MST)が4年半

・全生存率(OS)は伸びたが治癒は困難

・生存していると治療が必要でしかも高額

 半数が4年半の間治療費を払わなくてはいけない

 

■経済的な問題

・近年の高額な治療が患者のQOLを落としているという報告がある

・文献では経済的な負担はQOLを悪化させ抑うつ症状をきたす

 経済的に余裕がないと痛みを感じやすく症状も強くなる

・アメリカでは破産した人はそうでない人に比べ初期治療が同じでも死亡リスクが高い

・経済的支援がとても大事であるといえる

 

■全生存期間(OS)の延長はすべての人のエンドポイントか?

・医師は無増悪生存期間(PFS)や全生存期間(OS)の長い治療を選ぶがすべての人にそれが適切か疑問である

・経済的なことや家族のことなどをくみ取ることが必要

・そこでアドバンスケアプランニング(ACP)が必要となる

 

■アドバンスケアプランニング(ACP)

・将来の病状の経過に備えて患者の様々な価値観がある中でどのような人生を生きどのようなものを大切にするかあらかじめ聞いておく

・最終的には患者さんが納得して自身の治療をまっとうするために行う

・患者にとって良いと思われることを医師も一緒に目指す

 

■ACPの実施

・2016年6月から開始

・118人に対し個室で看護師がで30分アンケート調査をした

・アンケートには15問の質問がある

・内容としては価値観の共有(意識や関心、どこまで知りたいか、治療に対する積極性)、傾聴や満足度(自分の想いを話せているか)、スムーズな移行(緩和治療の導入)

 

■就労に関するACP

・アンケート調査のうち就労に関する部分を抽出

・4分の1から3分の1が仕事とお金を心配している

・一番大切にしたいこととして6人に1人が仕事とお金を挙げていた

 

■ACPが治療選択に役立てたケース

・仕事がやりがいで続けていきたい患者さんの事例

 リンパ転移があったので術後治療を勧められたものの仕事を続けたいため断ったが、再発して肺に多発転移してしまった

 治療選択のプロセスで医師と患者では対立があった

 医師はホルモン療法に対する感受性は弱く多発内蔵転移で腫瘍量が多いので抗がん剤をしたい

 患者は仕事は絶対続けたいが繊細な作業が必要で手元などが狂うような治療はしたくない

 余命は短くなってもいいので好きなことをして生きたい。家族もそれを支持

 ここでACPを導入し、十分説明した上で治療選択をし仕事を続けている

 

・未婚独居で働く患者さんの事例

 ホルモン陽性でHER2も陽性で術前療法、手術、術後療法と治療をしたが術後療法中に再発

 腫瘍量が少なかったので標準治療と少し違うがハーセプチンとホルモン療法で弱めにしている

 1年8ヶ月後に再燃した時に「次は抗がん剤なんでしょうか?」と涙を流した

 この時点でACPを導入

 最も大事にしたいことは治療、仕事、趣味とわかった

 仕事は専門職、未婚で独居、キーパーソンは兄だが親の世話を頼んでいるので頼れないため一人で過ごしていきたい

 治療選択のプロセスでは標準治療としてドセタキセルを入れてOSを伸ばす多いところだが、患者さんは生きていくために仕事を続ける必要があり、「必要ならが抗がん剤は受けるがわずかな延命しかなければ望まない、兄に迷惑をかけずに生きていきたい」とのこと

 まだこの患者さんは治療の決定には至っていない

 

■まとめ

・患者さんの就労希望に気付くこと、聴きだすこと

・エビデンスに基づいた治療選択肢をまず提示するが、患者の状況に配慮

・予測されることを伝える

・金銭的な負荷はサバイバルに寄与しうる

・毒性のある治療をしながらでも就労しやすい社会の実現

 

■ディスカッション

・ACPは自分が専門とする消化器がんでは聞かないが、ACPがいいという証拠はあるのか?

 乳腺以外のがん種でも有用なのか?

 問診と看護師さんの面談以外に何かしているのか?

→ACPが予後を改善するか否かというのは今後エビデンスを作っていくところである

 他癌腫については余命が短くなかなか厳しいとは思うが、どの癌腫でもACPは可能だと考える

 問診、面談の次に看護師が医師と話し合うことをしている

 

・ACPが今回のケースは上手くいっているが、大半の患者さんはパターナリズムで先生が言ったとおりにするという方が多いが、今回ACPした100人以上でそういう人はいたか

→すべての患者さんに有効という訳ではないという人もいることが知られている

 決めることが苦痛という人もいる

 今回はまだシステマティックにはしていなく、主治医がACPが必要と思った人がやっているのでそういう人は含まれない

 ACPがもっと普及すると苦痛という人もいそうである

 

・早期の緩和ケアを米国臨床腫瘍学会が8週間以内にやれと言っているが、早期の緩和ケアはしているのか

→緩和ケアについての希望を聞いて対応している

 

 

■私からのコメント

本人の希望や生活や価値観に合わせて治療を選択できる癌種はうらやましいな、というのが私の本音です。

私のような泌尿器癌は最近になって化学療法がにわかににぎやかになってきましたが、腎盂癌のような尿路上皮癌ではGC療法と昨年12月に承認が出たばかりのキイトルーダの二つしか選択肢がなく、転移症例の予後が悪く全生存期間(OS)はわずかなものとなっています。

ACPで本人の希望を聞くためには、それを可能にする治療や薬が必要です。

早く腎盂癌もACPが可能なくらい豊富な治療があるがんになってほしいなと思います。

もっと本音を言うと、がんで死なない時代がくればACPなどそもそもいらないのになあと思います。

長期生存が可能になってきたが未だ治癒は望めない、という過渡期にこそこのACPが必要になるのでしょう。

 

また治療に経済毒性というのが実際にあるというのも衝撃でした。

がんとお金というと医療経済学の分野で国家財政の観点から語られることしか目にしなかったので、個々人の経済的状況を鑑みた上での治療の選択というものもしなくてはならないというのは目からウロコでした。

 

パターナリズムについても思うところはあるのですが、決められる自由と決めなくてはいけない苦痛との両方に目配りできるような匙加減が今後必要になってくると思います。

 

いずれにせよ治療に勉強に研究にと多忙な医療者のみなさんがこのような患者個人の生のあり方まで細やかに対応しようとして下さることは大変ありがたいですね。