小出しで申し訳ありませんが、臨床腫瘍学会で聞いた内容のメモを整理して共有します。
今回はがんゲノム医療についてです。

「がんゲノム医療のこれから」
ペイシェント・アドボケイト・プログラム(PAP)より
武藤学 京都大学大学院医学研究科 腫瘍薬物治療学講座

■がんゲノム医療が始まったが…
・厚労省がゲノム医療の中核拠点病院に11か所を指定
 これを聴いたらみなさんは拠点病院に行けば新しい治療ができて治るのではと期待すると思うが実際はそう簡単にはいかない

■わが国のがんゲノム医療は誰のため?
・患者は治療最優先でどんな医療をしてくれるかを知りたいが、国は遺伝子検査をすることが最優先である
・厚労省のコンソーシアム懇談会の報告書にはがんゲノム医療中核病院について、遺伝子解析できるか、解釈する専門家がいるか、臨床試験や治験を実施できるか、などが書かれているが「どんな医療をしてくれるか?」や「患者さんに会った治療を提供する」とは厚労省の文章ではどこにも書いていない
・臨床試験、治験は次の世代のためにやるものだが、それと同様にがんゲノム医療についても現在の患者さんに対してすることは書かれていない
・治療に行ける人は10~15%程度
 世界的に適用外の薬剤も用いてこの数字なので、日本ではもっと低く1~2%程度になる

■次世代シーケンサーの登場により個別化医療が可能に
・個別化医療というのは個々の患者さんのがんの遺伝子の異常を調べて行う医療
・昔はヒトゲノム解読に100億以上かかったが今は次世代シーケンサーによりもっと安く、もっと早くなった
・次世代シーケンサーは断片化したDNA配列を一個ずつ解読し、ヒトゲノムの標準塩基配列に従ってペタペタつなげることでゲノムを解読する
・がんゲノム医療では変異をみつけ、それが個人差なのか病気に繋がるのかをデータベースを参照して調べ、専門家が解釈する
・次世代シーケンサーによる網羅的解析の登場で基礎研究からゲノム医療の実用化が可能に
・2015年に当時のオバマ大統領が200億円以上かけてプレシジョンメディスン(精密医療、個別化医療)をやっていこうと始めた
 日本ではそこまでお金を投入していない

■京大病院のオンコプライム
・ゲノム医療を日常臨床で患者さんに返すため京大病院で開始したクリニカルシーケンス
・日本で初めて精度管理されたクリニカルシーケンスを開始
 間違った情報を伝えると大変なので検査の精度を高くしないといけない
 アメリカでは検査の精度が高くないと保険にならないなど管理されているが、日本では精度は問われない
 日本の会社に「こういう基準でやってくれ」頼んだらどの企業にも断られたので海外の企業と組んだ
・対象とする患者は原発不明がん、希少がん、標準治療不応の再発進行がん
・解析対象の遺伝子リストには薬剤とつながりそうな変異(actionable mutation)と遺伝子変異負荷(mutation burden、免疫チェックポイント阻害剤の効きがわかる)の評価に使えそうなものをパネルに入れた
・費用は88万円で自費診療
 自由診療保険というのに入っていると保険会社がカバーしてくれる
 患者さんの経済的負担が非常に大きい

■がんクリニカルシーケンスの実際はとても大変
・臨床検査項目が一つ増えただけと簡単に思っている人が多いようだが実はすごく大変
・がんでショックを受けて標準治療が効きませんと言われて頭が真っ白な患者さんに遺伝子の話が入っていくか、インフォームドコンセントがとれるか
・結果のレポートが返ってきても詳しい先生はそれほどいないのでみんなでカンファレンスして解釈をする必要がある
・医師以外にも解析するバイオインフォマティクスの専門家や説明する遺伝子カウンセラー、臨床検査技師、看護師など沢山の人が必要
・しかし予算的な措置も微々たるもので、国は「あとは現場でやれ」と丸投げしている
・臨床研究法の対象だが、法律をまず決めてあとは現場でやれという形で現場置き去りの制度になってしまっている
 患者さん置き去りの制度ががんゲノム医療でできてしまって現場はパニック状態

■患者さんの窓口は?
・中核病院に指定されたら患者さんはもう検査ができると思ってしまうが現場は大混乱
患者さんからがん遺伝子検査と薬のことで…という電話がかかってくると、がん相談窓口や地域連携ではよくわからない
・AMEDで窓口の人のための知識の冊子を作っている
・京大では腫瘍内科がハブになっている

■ゲノム検査の流れ(京大オンコプライム)
・まず問い合わせや相談から始まる
・外来予約をしてもらう
・検体のチェックをする
・検査費用の説明をする
・検体を提出しゲノム配列を読む
・遺伝子変異の解釈のため専門家会議をする
・本人に説明し治療を希望するか聞く
 標準治療不応の患者さんのうちどれくらい治療できるかというと京大では13%、すべて自費
 がんゲノム医療に期待したのに詐欺ではないかと思う人もいると思う

■がんゲノム検査の結果の解釈の問題点
・医学知識のダブリングタイム(2倍に増えるのにかかる時間)は2020年には73日になると言われ、知識量が膨大になってきている
 いちいちドクターが片手間に文献を調べてこなせる時代ではなくなってきている
 AIや商用データベースの使用などをどこまでするか検討しなくてはいけない
・厚労省はエキスパートパネルといって遺伝子変異一個一個について医師が文献やデータベースを調べて意味付けしろと言っている
 しかし現場の先生はそんな暇はないというのが本音
・遺伝子変異にどのような意味があるのかを意味付けしないといけないのに、その前の読む段階までしか薬事法がカバーしていない
・中核病院でも品質はバラバラ、一番いい情報を返せないというのも現実
 患者さんは遺伝子変異情報を知りたいのではなく治療できるかどうかを知りたいので、最良かつ最新の情報を患者さんに伝えないといけないが現状では問題が山積みである

■がんゲノム検査の対象は?
・アメリカではFDA承認のNGSプロファイリング検査があって、ステージ3・4のすべての患者が対象
・日本では原発不明がん、希少がん、標準治療不応のがん=標準治療のない患者が対象
「保険適応の薬がもはやない」という問題
・がん治療は耐性ができてどんどん効果が下がるのが一般的で、患者さんの状態も悪くなるため、初回の段階の一番効果があるところでやった方がよいと思うが日本ではそうなっていない
・日本の現行の制度下で初回治療前からゲノム検査をする問題点
 がんゲノム検査で有効な薬剤が見つかって効いても、第三相治験を経た訳ではないのでエビデンスにならず自費診療になってしまう

■プレシジョンキャンサーメディスン(がん精密医療)の自己矛盾
・その人にあうものを見つけるはずなのに、効くかどうかわからないという自己矛盾
 がんゲノム検査で個々人にあう可能性がある薬剤が見つかったとしても、その人やその臓器に有効かどうかわからないため、臨床検査で評価しましょうとなる
・一人ひとりにあったものを見つける目的なのに、臨床試験で集団で効くかどうかを確かめなくてはいけない
・臨床試験を経なくても、「この変異にこの薬剤が効いた」というようなリアルワールドでの情報交換があればすぐにその人に効くかどうかを知ることができる
 例)希少ながんや家族性肺がんの患者さんでHER2変異を見つけ、それに対するチロシンキナーゼ阻害剤を投与するとがんが小さくなったという報告を他のグループから教えてもらい、実際に治療に用いると上手くいった
 このようにリアルワールドで情報交換があれば臨床試験を経なくてもミーティングですぐに知ることができる

■社会で議論しなくてはいけないこと
・初回治療からゲノム検査を行うべきかどうか
 初回からactionable mutation(効く薬剤のある遺伝子変異)があればあっている治療をして、なければ標準治療をするというのはどうか
 もし標準治療がなくなった状態でゲノム検査をすると、適合する薬がなかった時にバッドニュースを伝えないといけなくて非常に苦痛で納得感がない
 受け入れやすいのは初回治療からゲノム検査を行う場合ではないか
 見つかった方は効くものを、そうでない人も標準治療を、というのはありかなしかを議論しなくてはいけない
・調べる遺伝子の数をどうするか、保険適用は?
 調べる遺伝子数を50個から400個に増やすと治療につながる割合が倍の23%になる
 それに加えてDNA、RNAを調べると35%まで上がる
 保険適用とあわせてどう考えるか

■がんゲノム検査で実際治療まで行ったケース
・40代女性で肺に沢山転移があったがEGFRに珍しい転移があった例
・40代男性でBRCA変異陽性の遺伝性乳がんの例
 三年経った今でも健在
 BRCA変異があるとプラチナ製剤がよく効く
 臨床試験では乳がんにはオキサリプラチンは効果なしとなっているがこのケースではよく効いた
・50代の膵臓癌
 プラチナ製剤がよく効くタイプで助かった
・「あなたはRCTで勝ったA群の治療をしましょう」→「あなたにあった治療をしましょう」と変えていく必要がある
 国の方では適応外の薬剤の使用について「先進医療と臨床試験でやれ」というが、珍しい変異では1000年かかってしまうし、標準治療がなくなっている患者さんは状態が悪いので臨床試験には入れないことが多い

■保険適用外の薬剤を使うには?
・日本の適用外使用は臨床試験が基本
・アメリカはコンパッショネートユース、人道的配慮で製薬会社が薬を無償で出す
 合理的な理由があれば人道的な配慮で使われることになる

■治療するかしないかではなくどう治療すべきか
・アメリカでは「薬剤のどの組み合わせが一番合うか」という風に臨床試験も変わっている
・バイオマーカーをどんどん見つけて組み合わせを探している

■医療と保険給付の範囲から考えるゲノム医療
・アメリカは全ていいわけではないが予防についても保険が効く
 日本は予防には効かない
・高度先進医療にも日本は保険が効かない
・ゲノム医療による予防は国民皆保険でできるのかと真剣に考えなくてはいけない
 高度な先進医療を全ての人が受ける必要はあるのか、負担は?

■遺伝子カウンセリング
・遺伝性疾患に関するものは全体の3%。
 もちろんこれを考えるのは大事だが、まずはどう治療するのかを考えなくてはいけないのではないか
・二次的所見はまだ待てる場合があるのでまず患者さんの治療をしてほしいというのが現場の声

■患者さんに伝えたいこと
・患者さんの声は政治を動かす
・患者さんに伝わっている情報が実際の状態と全然違うというようにならないようにしてほしい

■ディスカッション
・遺伝性疾患について、子供に伝わっているか気になって自分の治療も含めて子供たちにどう伝えるのかというのどう考えているか
→まず検査する前に事前に説明して遺伝性疾患を知りたいかどうかを確認する
 見つかった時にもう一回確認し、知りたい場合は遺伝子カウンセラーのいる遺伝子外来に行く
 家族の治療を先にしてくれという人もいるし、患者を先に治療してくれという家族もいて、医療側からはどうするかを押し付けられないので対応は家族による
 担当によって対応が違うと困るのでアルゴリズムを作って対応している
・ゲノム医療というのはアメリカでされているようなものが日本に入ってくると思っており、プロテオーム解析まで含めると思っていたが違った。
 我々の調査では48%の患者に治療が見つかる可能性があると米国臨床腫瘍学会でこの前発表したが、日本のゲノム医療はかなり怪しい。
 アメリカでは保険適応や臨床試験でこういうのがあって、おすすめがランキングとして点数が付いて説明できるようなレポートが来るようになっている。
 先生方のお話しではご自分でレポートをコツコツと作るようになっているが、我々患者会はこの中で何ができるのか?
→そのような商用データベースからレポートをもらう形式でやりたいと言ったが、厚労省に「何でやるんだ」「先生たちが調べるのが仕事でしょ」と言われて否定された。
 厚労省は認識が違うので患者目線でちゃんと見てほしいという声を上げてほしい。
 制度ありきで日本はやっており、ルールを守るのが美学となっていてルールも変わらない。
 足りないのは患者目線でのがんゲノム医療の議論。
 患者置き去りの議論にならないようにしてほしい
→患者さんが80万払ったが高騰で言われて何のレポートも来なかったと言われて困っていたが、先生の話を聞いて納得した。
 あるべき姿に近づけるために声を上げないとと思った
・11病院の横での連携は?結果のとりまとめは?
→連携はできていて協議会ができている。
 連携病院とも共有している。
 人材育成事業を国がしているが、キャリアパスも作らなくてはいけない。
 結果のとりまとめについては国立がんセンターがすることになっている
・広島長崎の被爆者の疫学調査で、被爆について癌の発生率が増えるというデータがあるが…
→遺伝子変異でがんのリスク1.〇倍のようなデータはある
 どうしても加齢による変化はあり、50歳以上の人の骨髄を見ると二人に一人は白血病のような状態になっているが健康に暮らしている。
 アメリカの臨床遺伝学学会でも「その人にとってメリットのあるデータは教えるべきだがメリットのないものに対しては教えなくていい」となっている。
 治療法のないものや不便のないものは伝えない



■私からのコメント
がんゲノム医療というのがわが国でも今年の4月から始まり、メディアで多く目にすることが増えました。
しかし常々「誰のためにやるのだろう」「直接の受益者は患者ではないのではないか」と疑問に思っていたのですが、そのような懸念を裏付けられた思いです。

がんゲノム医療が思ったほど我々今現在のがん患者の役に立たないかもしれない、というのは重く受け止めなくてはいけません。
しかしながら医学の限界によるものは仕方ありませんが、制度上の不備や政治的な意図によるものに対しては声を上げていかなくてはいけません。
我々はただ情報を差し出すだけの都合のよいモルモットではないのです。
また医療スタッフのみなさんも国の意のままに動く都合のよい現場作業員という訳ではないのです。

昨日厚労省で行われた運営会議では、がんゲノム医療への公的保険の適用には患者が遺伝子や診療の情報提供に同意することを条件とする方針を決めたと報道されています。
誰のためか、受益者は誰か、という点に注目して議論のゆくえを注意深く見張らなければならないと思います。

もちろん私自身はがんゲノム医療に大いに期待しています。
がんという遺伝子異常で起きる病気には遺伝子変異にあわせた治療を、というのが当たり前になる時代はもうすぐそこまで来ていると信じたいです。