臨床腫瘍学会の情報を少しずつまとめました。
まずはケモブレインについての聖路加国際病院の橋本淳先生の発表です。

「がん治療による認知機能障害:ケモブレインへの対応の現状・課題と展望」
演者:橋本淳 聖路加国際病院腫瘍内科
シンポジウム「がんサバイバーシップ研究からケア実践へ」より

■化学療法誘発性神経障害
・中枢神経に生じるものと末梢神経に生じるものがある
・中枢はケモブレインと呼ばれ最近注目されている
・末梢は末梢神経障害(しびれ、痛みなど)

■ケモブレインとは?
・定義では化学療法後に生じる認知機能障害とされる
・典型的なものに記憶力低下、集中力低下、作業能力の低下がある
・乳癌では17~75%、卵巣癌では25%、血液腫瘍では20-30%、他に大腸がん、精巣腫瘍でもケモブレインが報告されている
・化学療法終了後3週間後に61%の患者に認知機能低下がみられ、一年後にその半分の患者に認知機能低下がみられる

■ケモブレインの報告について
・がんと認知機能は深く関係があることが知られている
・薬剤性の神経障害が最近注目されている
・メカニズムとしては海馬の機能低下や神経伝達物質阻害、神経新生の障害、炎症、脳血流低下などが原因と考えられている

■リスク因子
・化学療法自身の因子:脳血液関門を通過するか、髄腔内に直接投与して神経に影響を与えているか、高用量、多剤併用など
・患者自身の要因:年齢、ホルモンの状況、遺伝的要因、認知的予備力、放射線など

■評価方法
・化学療法による障害の認知機能検査は標準的な方法は定まっていない
・Lancet Oncology誌に2011年に出たものではTMT,COWA,HVLT-Rという方法がある
・画像的な評価の方法としては脳のMRI
 化学療法に伴う灰白質の容積低下が認められたり、白質の容積変化と優位に相関があったりすることがわかってきた

■ケモブレインの治療:確立した治療法はない
・対症療法として行動療法と薬物療法の組み合わせがよく行われている
・薬物:神経刺激薬、アルツハイマー治療薬、サプリメントなどが試されたがすべてネガティブな結果が出た
・行動療法としては運動、脳トレ、認知リハビリなどなど
・運動療法
 ケモブレインに対する運動療法の有効性を2015の米国臨床腫瘍学会にて報告したものでは無酸素運動と有酸素運動を組み合わせている
・認知リハビリ
 化学療法後に持続的に認知機能低下の訴えを持つがんサバイバーを対象。
 試験では95%が女性、9割が乳がん、残りが大腸がんのサバイバー
 認知リハビリを行うと認知機能や不安、抑うつなどに効果があった
・認知機能障害に対しるヨガ
 女性が96%、乳がんの患者さん(8割以上にケモブレイン、そのうち中等度以上が8割くらい)で調査
 ヨガをやったらメモリーの評価で有意な改善が見られた

■新たな評価及び治療の可能性
・評価方法にPET-CTと血清中の神経障害マーカー、FACT-Cogなど
・治療としては薬(ミノサイクリン)
 ミノサイクリンには神経保護作用がある。
 今のところある患者さんでは海馬のSUVの上昇がみられたという報告がある

■聖路加国際病院での化学療法誘発性神経障害への取り組み
・ケモブレインを患者も医療者もよく知らないのが問題になるため情報提供をしている
・研究としては血清マーカーがバイオマーカーとして有効かを調査している。
 患者の参加は全て終了していて、MRIでの評価と血清マーカーを調べている。
 その中では全体の3割に認知機能障害が現れ、1割に脳のボリュームロスがあり、末端神経障害との相関がみられた

■まとめ
・化学療法による認知機能障害(ケモブレイン)は治療後も症状が継続することもある
・原因やリスク評価方法、治療や予防方法は確立していない
・運動や認知リハビリで症状改善
・情報提供や治療評価方法が今後必要

■会場とのディスカッション
質問:参加者は女性がほとんどだが、男性は機能低下を認知していないのか
→リスク因子では性差による大きな報告はない。サバイバーとして研究に参加するのが乳がんなのでこうなっている。

質問:ホルモン療法と化学療法を比べたものがあるのか
→直接比べたものはないがホルモン環境が要因の一つになるのは知られていて閉経後がリスク因子というのは知られている。
乳がんはアジュバントで5年とかホルモン治療をするためより起こりやすくなるのかもしれない

質問:情報提供をどうしているのか?
→本当は全員にパンフレットをして話をすればいいが、今はオンコロジーセンターに冊子を置いてポスターを張っているようにしている

コメント:再就職の問題でケモブレインが出てくる。ケモブレイン自体が認知されていないので認知してもらえればありがたい


■私からのコメント
私のような税理士は計算機が商売道具です。
今ではIT化が進み、会計ソフトが計算をするので計算機をメインで使うことはそこまで多くはありませんが確認やちょっとした計算に計算機を叩くことが多いです。
税理士になってこの方、一度も計算機による計算間違いをしたことがなかったことが自慢でした。
しかしながら昨年10月に化学療法を始めてから何故か叩き間違いをたまにするようになってしまい不思議で仕方ありませんでした。
「ケモブレイン」という名前を聞いたことはあったのですが、私のこの現象がまさかケモブレインそのものだったという発想はありませんでした。

ケモブレインについて患者も医療者も知らないことが問題を起こしているというのは確かにその通りだと思います。
そうとは知らずに「何か変だ」と悩んだり、自信をなくしてしまっている方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、対処法がまだ確立していない段階でそのようなことを告げられたり、社会に啓発を行ったりすることが本当に患者自身のためになるのかは慎重に検討しなくてはならないと思います。
社会一般のケモブレインへの認知が進むと認知能力の低下を理由に判断業務から外されたり、職を失ったり、場合によってはある種の免許が停止されたりすることも考えられます。
なかなか難しい問題です。
簡単に治療法が見つかればよいのですがお話を聴いた分ではケモブレインは手強く、すぐに解決法が見つかるという症状ではなさそうです。
そのため社会の中でどうケモブレインを受け入れて付き合ってゆくのかというのを、がんサバイバーとそれを受け入れる人々を不幸にしない形で模索してゆく必要性がありそうです。

調べてみたところ聖路加国際病院ではこのような冊子を作っているようです。
「ケモブレインの謎を解く」
http://hospital.luke.ac.jp/about/approach/pdf/ra22/4/research_activities_4_2_1.pdf