アイデア発見隊 1%に賭けるブログ -390ページ目

ソーシャルメディアと感覚の話…

音譜皆さんこんばんわ音譜


いい人止まりブロガーのサクラフブキです。ニコニコ


ちょっとマーケッターっぽい話…


というか…マーケッターの話(恐縮)。


ソーシャルメディアの成否ってのは


アクセスで決まるものでないというのは


皆さんご存知の通りです。


目的があってそのためにアクセスがあるんです。


それはとりあえず今回置いときまして…


ビジネス利用におけるソーシャルメディアに対する


感覚のお話…


持ってはいけないまではいいませんが…


諸事情あるなかでもなるべく省いていただきたい感覚…


それは、、、


「業務感覚」です。


ご存知の通りソーシャルメディアはコミュニケーションを


前提として成り立っています。


もちろん一言にビジネスとはいっても、様々な形そして


意図があると思います。


ここで言うのは、どちらかというと自分ビジネスで商品・サービス


を広めたい、集客を行ないたいといったときの感じで…


そこでなぜ業務感覚があまりよろしくないのか?


ひとつはプレイヤーの権限です。


誰かに権限を与えられて書く、伝えるという形だと


どうしても違和感が生じます。


仮にたとえ誰かに権限を与えられ書く立場であっても


「自己主体性」というものが重要になってきます。


大手企業がやりづらいというのもここに原因があります。


もちろんすべてではありませんが…


プレイヤーはできるだけ最高権限者(組織のトップ)が


良いのです。


もちろん組織全体でといったことも上記の「自己主体性」という


名の切り分けが上手くできれば充分可能だと思います。


実際に多くの企業でやっているわけですので…


もうひとつは感情です。


どうしても、ロジックで超えられる部分と超えられない部分


が生まれるのがソーシャルメディアの特性です。


それは感情が常に間に入るからです。


これはある種ソーシャルメディアの捉え方にもよると


思います。


従来の広告媒体の延長として捉えるのか?


それともコミュニケーション媒体として捉えるのか?


分析も大事ですが…


やはり直感による要素は大きいです。


パッケージ化の限界がここにあります。


すべてがオーダーメイドなのです。


拡散するために必要なことは、


仮説・検証実践力よりも直感的表現力のウエイトが


大きいのかもしれません。


その拡散した伝播力によって従来かけてきたものが


必要最低限の受け皿のみでも機能するようになる


場合がある。


さらに言えば、ケタ違いの効果を生む場合があるのかも


しれません。


もちろん、拡散・連動・集約が上手く機能すること前提ですが…


それらに対し…


やはり業務感覚ではどこかに歪みが生じます。


もちろんそれ自体が何か悪いことであるということは


ないのですが…


放置することやはっきりオンとオフをつけてしまう


ことが結果として良い循環を生まないといったことでしょうか…


何を言っているのかわからないかた…


その通りです。


何を書いてんのかわかりませんカッコ爆


それでは、この辺で…桜