○ 八月八日 新潟のニンジャ乗りと歓談


午後四時 新潟港~小樽フェリー埠頭

 舞台はいきなり新潟港である。
 灼熱地獄の間越をどうにか切り抜けたが港の場所をはっきりと把握していなかったので、
まず目印となるJR新潟駅に立ち寄り港への道を尋ね、詳しい市街地地図を片手にどうに
かここに到着したわけである。午前二時の起床、一時間後の出発からここまでは何事もな
く順調に進み三年連続して同じルート、去年と同じ天候状況だったのであえて省いた訳で
ある。
 黄昏がかってきたターミナルビルの前に相方を停め一服する、長距離フェリーのターミ
ナルビルはこの時間からもう賑わっている。皆夏の北海道へ思いを馳せているのだろう、
待合室にいる子供はともかく大人も平静を装っているが、明らかに上気しているのが伺え
る。自分も三か月前には既に予約を完了しており余裕しゃくしゃくなのだが、相方から降
りて乗船受付カウンターまでの数十メートルを小走りしてしまったのは確かだ。我々を小
樽へ運んでくれる船は夜の八時にここを出港する予定になっており時間は有り余っている。
乗船手続きを済ませたら食料買い出しと早めの夕食をとろうと考えていたので、チケット
を人事にウエストバッグにしまい込みいざ相方の元へといこうとした時である。
  「おつかれさま!コーヒーどうぞ」
といって缶コーヒーを差し出してきた一人の青年が後ろに立っていた。旅先では人が変わったようにずうずうしくなるのが自分の旅での社交辞令なのでお礼をいって遠慮なく頂いた。
しかし、見ず知らずの人間(しかも自分は先程ここに到着したばかりで夜には居なくなってしまうようなお尋ね者なのにだ)にコーヒーを差し出すなんて珍しいと思い、その訳を尋ねると彼は笑って「僕はいつも仕事が則けてフェリーの出港の時間になると此処へ来てライダーの人とお話するのが楽しみなんですよ、そしてよIし持ってろよ。シーズンオフはわしらの出番じゃ!とコンセントレーションをあげて自宅に帰るのがここ数年の慣習なんです」と言った。そして、今日たまたま埠頭に来たら憧れの『ZI』が停まっていたので思わず駆け寄ってきたという事だ。
新潟県人で旅をこよなく愛する彼もライダーでかつて学生の時は月に一回はここから北海道
へ渡り、走らなかった所は無いと言い切れる程の思い出を向こうに残して来たのだそうだ。
彼は現在九〇〇Ninjaに乗っていて、その元の持ち主は別れた彼女の妹(!)のだそうで駐車場の片隅にフロントー七インチの黒に金のストライプが入ったNinjaが確かに停まっていた。話を適当に切り上げて食料買い出しに出掛けなければと思っていたが、彼はよっぽどの話好きなのか自分はものの見事に捕まってしまい、終いには道端に座り込んでツーリング対談が始まってしまった。

 彼は今新潟で自動車関係の仕事をしているが当分休みが取れそうにないとぼやいていた。
そしていつも行く時はI〇月半ばくらいで、現地でキャンプしようにも殆どのキャンプ場
が閉鎖してしまっているので殆ど野宿であるという。一見オフシーズンを狙っての静かで
優雅なツーリングだと思うかもしれないが、北海道の秋は内地の冬は同じと考えた方がよ
いと彼は言った。
まず、キャンプ場の水道は凍結を考えて元栓から止められている、夜の冷え込みは想像以上に厳しいという。そして、何よりも警戒しなければならないのは、 『熊』である。この時期から十二月頭上旬にかけてが最も彼らが下に降りてくる確立が商いのだそうで、Ninja氏は「遭遇したらそれまでですよ、だって奴等はフルタイム四駆、アクティブサスペンションとスパイクタイヤで武装して、林道を時速六十キロで走れるポテンシャルを持っているんですからね」とさらりと言ってのけた。我々の上陸する時期とはかなり離れているので身構える事はないと思うが『北海道最大の危険=ヒグマ』というイメージを持っている自分は必ずしも安心しきった訳ではなかった。
  「カワサキのエンジンはいい、頑丈でメンテがし易いしキチンと調教してあげればその
通りの答えを返してくれる。その点ホンダはエンジンが良く回るんだが神経質すぎて華奢
でいい答えが出てくるまでのプロセスが長すぎる」とアンチホンダの自分を喜ばせてくれ
るNinja氏とすっかりうちとけてしまい、ツーリングとバイクの2ジャンルに渡って延々と駐車場の片隅に座り込んで話をしていた,新潟の空はいつしか星空となっていた。
 俄にバイクが駐車場に集まり出し、フェリーターミナルの前は送迎の人と車とバスで賑
やかになってきた。ふと、後ろをみると知らない内にフェリーが接岸しているではないか。
時計を見ると出港まで二時間と迫っていた、もう乗船が始まる時間である。タラップから
は小樽からの旅を終えたトラックが次々と新潟の町を目指して走り始めている、いよいよ
その時が来たのである。
Ninja氏と別れの挨拶を交わし乗船をするバイクの列に加わる。一軒屋の建物の二階にあたる高さの乗船口から車両デッキに入り、船員の指示に従って相方を壁際のスペースにねじこむ。普段であればここで手荷物をもって暫しのお別れであるのだが、このフェリーは違った。バイクに積まれている荷物を下ろせというのである、
理由は船が揺れた時にロープだけでは転倒する危険があるからだという。それなら乗船す
る前に知らせてくれればいいのに、とブツブツ文句をいいながらスペースに押し込んでし
まった相方から荷物を解いておろした。
 お盆休みを前に控え早めの休暇を取った家族連れでごった返すフロントを横切り自分の
ベッドを見つけ、同室のライダーに挨拶をかわしてさっさと甲仮に脱出する。そして、定刻通りにフェリーは新潟港を離れた。予定では小樽着は翌日の夕方五時、地図で見た限りでは小樽からニセコの山中までは二時間ほどで着く計算である。小樽の市内で食料買い出しをすませて、すぐ走り出せば薄明るい内にテントをたてる事が出来るであろう、準備万端である。後は、おとなしくしているしかない。

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