10.29

絶好の峠日より
翌日は予想に反して素晴らしい晴天となった。
全開の遠征、万座での時と同じように、晴れとなればメンバーの行動は早い。
一番最初に布団から起きたのはN氏だった。この男、布団に入るなり直ぐに寝る、昼間のテンションの高さを維持する為かなんだか知らないが、夜になって、酒がある程度入ると一気に「ねみい」だの、「だりい」だのと言い出して、直ぐ布団に入ってしまう。
他のメンバーもN氏が布団から離脱したのをきっかけに、次々と脱出。朝飯の時間前には全員が布団を部屋の隅に畳み、お膳を部屋のセンターに持ってくるというこれまでには考えられないようなスピーディーさで、全員起床。やはりバイク乗りは天気を人一倍気にする。これまでにも何度も「遠征」はやってきたが、両日のどちらかは必ず悪天候になるという巡り合わせだった。ところが最近は様子が違ってきた、二日ともピーカンという日が有ったり、降っても夜だけで朝は快晴と言う絶好のワインディングを満喫したという日が多い。昔は明けても暮れても雨雨雨という日ばかりで、お互いに「お前が雨男じゃ!」と罵りあっていたが、今はそれも余り無い。


むしろ「オレの日ごろの行いがいいから晴れた」とか「おれの行くところには雨雲は無い」などと勘違いな発言を聞いたり、自分自身がしたりするほうが目立つ。
まぁどっちもどっちだが。とにもかくにも、他のメンバーの準備が早く進む中、オレはこの宿の中が明るくなるのを待って、しばし別行動をとった。目的は明白だ、この古民家の内部をくまなく撮影するのである。こんな事も廃墟趣味が無かったらまずやらなかった事だろう。
建物内部にある調度品は全て、この民家が出来た頃からあるものだという。
築200年あまりという途方もない歴史を持つこの宿のそこここに、なんとも言い知れぬ重みを感じる事が出来た。
湿り気を感じる布団や、決して明るいとはいえない便所など、今のモダンでハイテクな宿に慣れきってしまっている人から見れば多少の不満はある宿かもしれない。しかし、一昔の民宿などと言うものはみなこんな感じだったはず。家庭的な料理でもてなしてくれて、以外と広くてゆったりした浴室などの落ち着いた純和風の静かな宿に泊まりたければ、この「てっぽう」はかなりの穴場ともいえる。


さて、出発の時間となったので荷物を抱えて外に出る。
他のメンバーは既に外に出てバイクに荷物を括りつけていた、気の早い者はエンジンを掛け暖機運転をしている。やはり早く走りたくてうずうずしているのだろう。
休養を充分にとった翌日の天気がこれなら気分が高揚するのは無理ないだろう。
宿の主人に記念撮影をしてもらい、チェックアウト。この日のメインステージは言うまでもなく「西伊豆スカイライン」「伊豆スカ」に比べて距離は短いものの、数年前に無料解放され気軽に使えるようになった。とにもかくにも無料のワインディングが増えるのは大いに歓迎すべきところ。伊豆箱根方面エリアのワインディングの殆どが区間ごとに分けて料金を徴収しているから、その度にバイクを止めて金を支払わなければならないから、煩わしくてしょうがない。

事故発生

さて、宿を出発し一気に西伊豆スカに向かう。
時間はまだ少し早いとあって、昨日の伊豆スカに比べると圧倒的に一般車の交通量は少ない。当然ペースは上がる。例によって9R、ZRX1100R、SRV(これがおかしい)が一気に先行する。西伊豆スカイラインの小さな看板を見て、右折。
斜度のある坂を登り、ワインディングランのモードに切り替える。先行する三台はロケットのように一気に距離を付け、あっという間に見えなくなった。本当はZで来ているとなればオレはどうにかして喰らいついていきたかった。しかし相方のタイヤがすでにミゾが殆どなくなっているという状況でまともに走れる筈もなく、今回は我慢の走りを強いられる事となってしまった。
ギリギリのペースで一般車を次々とパスしながら先に進んでいくと、なにやら先の方に見えるカーブの奥の緊急待避所(展望台?)で、一人のライダーがバイクを引き起こしている姿を発見。その傍らでは見覚えのある真っ赤なレザージャケットを来て呆然としているライダーの姿も見えた。
「あら?あれN氏じゃねーの。その隣にはTGさん。これは何か起こったな?」
そう思い、道路から待避所に入り、深砂利にハンドルを取られながら側によると、紛れもなくN氏とTG氏だった。
押しているバイクは9R。右アンダーカウルの一部が割れているものの、大きなダメージはなく走行には問題は無さそうだった。
一方のN氏。こういう走りをするからにはという服装でコケたのでかすり傷一つしていない。コケる時も待避所に迷いなく突っ込んでギリギリまで堪えたが、最後は土手の手前にある側溝直前でわざと転倒したのだと言う。さすがレース経験者はこういう時でも転倒の仕方をちゃんと考えている訳だ。
「くっそー、むかつく!なんでオーバーランしたかなー、ブレーキ完璧だったんだがなー」
「あのRR(CBR1000RR)の野郎、もうちょっとでパス出来る筈だったのによー!
転倒したショックはどこへやら、むしろ通りすがりのCBRをパスしそこねた事ですっかり頭にきている様子。


車両人間ともにダメージが少なかったので大事には至らず、直ぐに移動を開始。
さすがに先ほどの転倒が効いているせいか、N氏の走りはそれ以降大人しいものとなった。

その後は昼飯の時間に近くなったという事で、三島の方へ移動。
混雑が始まっている街中の国道をすり抜けして、たどり着いたところは最近流行りの多種店混合型のショッピングモール。駐車場の片隅にバイクを止め、店内を歩いてみてみたが、昼時とあってどこの食堂も満席でとんでもない人口密度。これはたまらんととりあえずお土産のみ購入して退散。


結局直ぐ側にある牛丼屋にて済ませてしまった。伊豆半島の根本の部分はこれから観光地帰りの車や観光バスで無政府状態になる。その前にとっとと移動して静かな場所で解散前の風呂を探す事にした。一般車でごったがえす三島市内を脱出。芦ノ湖へ戻り、仙石原へ抜ける手前の宿にて日帰りの温泉を確保。
ここもTG氏が以前からよく立ち寄る場所らしく、東名高速へのアクセスルートの途中にあるにもかかわらず、あまり混雑していないのでゆっくり風呂に漬かる事が出来た。
そのうえ、掛け流しでしかも伊豆箱根エリアでは珍しいにごり湯というおまけまでついている。
にごり湯以外は温泉として認めないN氏もこれには大満足、大浴場からのランドスケープの素晴らしさといい、¥1000を下回ると言う良心的な価格設定といい、ここの宿は今後箱根遠征の拠点として構えるには丁度良いのではないかとまで思った。
だが、この時間帯が実は一番辛い。なにせ、これからそれぞれ皆自分の家に向かって帰らなければならないのだから。
風呂上りでさっぱりした体で、また排気ガスの立ちこめる中、埃の舞い上がる中、潮風が吹きつける中を走るのだ。そりゃ萎えるだろう。
だが、これもツーリングである。焦らず急がずで淡々と走っていれば今夜中にはいずれは家にたどり着けるほどの場所である、N氏は東名高速で名古屋へ、M氏は富士五湖を抜けて大月方面へ、オレとTG氏と新人2人組はそれぞれ御殿場IC前で適当に散開、オレは東名高速で一路千葉方面へ、TG氏は国道一号線を走って東京の自宅を目指すと言う。
この日没して気温が下がってくる嫌な時間帯に下道で帰るとは恐れ入る、どこまでもタフな人だ。新人君ニ人組はオレと一緒に東名高速に乗るはずだったのだが、乗り口を間違えたらしく結局それ以降姿を見る事は無かった。
所詮バイク乗りは一人が基本である。
たまにつるんで走ることはあっても、それ以外は一人で行動する事が圧倒的に多い、特にこの「遠征」メンバーはみな普段はソロで活動する事が殆ど。故に、一端解散したらそれ以降は一緒に行動する事は稀だ。別に一緒に居る事が嫌だと言う訳ではなく、何となく一人になりたい気分になるのだ(少なくともオレは)

〔完〕

この投稿の関連画像はこちら。Tavito撮影

この投稿の関連画像はこちら。TG氏撮影