秋芳洞
〇五月三日 秋芳洞の中に入るのは高校生の修学旅行以来だと記憶している。 しかし、旅行自体に興味が無かったのと、早く帰りたい一心で中の様子は殆ど覚えていない。片道千キロ走って此処まで来たからには入らない理由はない、秋吉台のランドスケープを堪能するのが本来の目的だったのだが、それはキャンプ場をさっさと撤収したお蔭で、既に済んでしまったので迷わず地下80㍍へ直行するエレベーターに乗り込んだ。 エレベータは満員。1分少々で洞窟入口に到着。ドアが開くとあの独特のムッとした空気が流れ込んできた。少し歩くと十メートルはあろうかという高い天井の広場に出た、遮るものが殆ど無く、先のほうまで見通せる程広い。ちょっとしたコンサートホール並みだ、洞窟と言えば腰をかがめて行き交う人を避けながらと言うイメージがあるが、ここは一部を覗いては見上げるほどのだだっ広い空間の中を歩いていくのが殆どだ。 しかし、そんな東洋一の規模を誇る鍾乳洞も、みた感じではオーバーキャパシティの様を呈している、それは日曜の京都か原宿の中を歩いているような騒々しさでムードもへったくれもない、「洞内は左側通行でお願いします」と声を枯らして案内する案内嬢の声も殆ど耳に貸さない感じだ、とにかく雑然としている。 だが、これまでに岡山の〔井倉洞〕沖縄久米島の名もない洞窟、本島の〔玉泉洞〕等を見てきたが、やはりここが一番だ。ほかにも岩手の〔龍泉洞〕も凄いというが行ったことがないので、自分のなかの洞窟面白度ナンバーワンは此処だろう。側を流れる地下水の透明度も抜群でゴミ一つ流れていない、ここに訪れる観光客のマナーもまあまあいいのかもしれない。 ここで、道内の映像撮影に活躍したのはやはりデジタルビデオである。後に完成した映像を友人に見せたが、その鮮明な画質に驚嘆していた。自分が本格的にビデオ撮影を始めたのはデジタルからだったので、特にそのようには感じなかったのだが、薄暗い明かりを利用したその洞窟のなかの映像は相当に臨場感があったようだ。 外に出ると、時刻はすっかり昼近くになっていた。洞窟のなかをウロウロと歩き回り、時には出入口を間違えたりして引き返したりしたので思ったよりも時間を浪費してしまったようだ。すこし急ぎめで相方に戻り、出発。観光バスとマイカーで渋滞する秋吉台道路を抜け(ここは朝一番に起きて、日の出辺りの光景を見たらさぞ壮観だったろう、と後で考えたら少し勿体無い事をしたと思った)、ジモティーでもないのに一路裏道を駆使して長門湯本温泉の公衆浴場〔恩湯〕に到着した。 ![]() 先程までの騒々しさが本島に嘘のようである。温泉街の中心を流れる川では魚釣りをしている親子連れ、浴場の川向にある休憩場では風呂上がりなのだろうか、タオルを首に巻いて寛いでいる人以外には人の姿は殆ど無い。 140円という今時内地では良心的な値段の入浴料を払い、少し温めのお湯に浸かりまたも唸ってしまった。温泉はどんな人間も瞬時にしてオッサンにしてしまう隠れた効能があるのだ。 浴場の向かいにある暇そうな(店の女将が昼間っから常連の客と杯を交わしていた)定食屋で遅い昼を片付け、再び西進を開始した。 長門市・日置町・油谷町・豊北町・豊浦町にて一端日本海から離れ、菊川町に入った。 ここで食料買い出しをし、キャンプインを考えたが午前中洞窟内のしかも足場の悪い所をウロウロと歩き回ったせいか、へんに疲労しているのでここから一番近くしかも、翌日の移動に支障のないところと言うことで、急遠予定を変更して菊川の町外れに有るキャンプ場で幕営することにした。 |
山口 菊川町 自然活用村CA |
全く下調べしていない所だったので、以前のようなとんでもないすっぼかしを食らうかもしれない・・・と覚悟の上で国道を走っていたら、真新しい標識に〔菊川自然活用村キャンプ場〕と書いてあるのが目に留まった。看板の程度のよさからして閉鎖はしていないようだ。 所々に点在する親切標識に従って山道を抜けると、ダムの敷地を利用したキャンプ場が見えてきた。しかしそこに張られているテントの余りの密度の高さを見て、場所を決定するのはサイト内を偵察してからにしようと考えたのは言うまでもない。 しかし、テントが密集しているのは平らな芝生が広がっている所だけで、場内をよーく見てみると、車一台も満足に通れないほどの山道がある事に気がついた。 真っ直ぐ立って歩けない程のスティープな坂道を登り切った所に炊事場があり、その回りには、車は入れないが一人用のテントなら三張りほどでも余裕で張れる場所を発見した。 しかも高台にあって、他のテントサイトの何処よりも高い所にあるので回りの目を気にすることもなく、ほぼ即決で幕営地に決定した。 ![]() 時刻はすっかり夕食時になり、他にこの特等地に入ってくるキャンパーもいなさそうだし、腹もそれなりに減ってきたので、大荷物の殆どを炊事場の片隅に集結させ(これだけでも、テント内は大の字になって寝られるのだ)、夕食の準備に取りかかった。そこへ、米を研ぎにやって来た、直ぐ近くでこれまた道の行き止まりの広場にテントを張った家族連れの旦那と軽い挨拶を交わしたあと、彼らが乗ってきたその車のナンバーが足立ナンバーだったので、その懐かしさから世間話に盛り上がった。 旦那は、仕事の転勤でこちらに来たのだという。自分は千葉から自走で来た、と話したら信じられないと言う表情を浮かべたあと「それはそれはお疲れさまです」 そこへ、奥さん(これが結構ルックスがよかった)が子供(男)を連れてやって来た。 奥さんがオカズを下ごしらえしている間、そのくっついてきた男の子はしきりに横から「僕にもやらせて~」と手を出して親のやっている事を手伝おうとしていた。最近の子供は親の仕事の手伝いをしないと聞かされていたので、この彼の姿勢はとても微笑ましいものに思え、「お父さん、お宅のボクは偉いです」と言った。 旦那はキャンプ場に来てそんなことを言われたのが初めてなのか、ちょっとびっくりして「え?どうしてです?」と聞き返してきたので、そのことを説明したら、「よかったなあボク。ちゃんといい事をしているとこういう所で知らない人に褒められるんだよ。と、しきりに息子を褒めていた。 しかし、あとでこのほめ言葉がこの子にどれだけの心理的影響を及ぼすかなんて想像もしなかった事態に陥ることになるとは、この時点では予想だに得なかった。 ラジオからは、この後一晩中流れることになったバスジャック(ネオ麦茶事件)の臨時放送を実況で流し続ける中、夕食を済ませ、さあてまったりするかな~、と後片付けを始めた辺りで、ポトポトと言う足音ともに先程の男の子が一人でひょっこりやって来た。 「ゴハン食べちゃったの?」と聞いて来たので「そ、君は?」と聞くと彼はBBQをたらふく食べたらしい。「あのねえ、今日ねおじいちゃんの家に行ってね筍取ってね、焼いてね食べたんだよ」「へえ」「あとね、虫取りとかしたの」「ほお」 まあ、彼は年は三歳だということで今年から幼稚園に行っているのだが、お母ちゃんに似たのか中々の好青年なのでさぞかし、同じ組の女の子からもててるのだろう、ベシャリも聞くし、人の話も年齢の割りにはちゃんと聞いて理解してるし。 しかし、髭面でどでかい単車でふらっと一人でやってきたこのおっさんと二人きりになっているというのに、親はまるで放ったらかしである、全然連れ戻ってくる様子がない。 のんびりしてるのか、自分の立ち振る舞いを見て怪しい者とは感じなかったからだろうか。 その子も自分と暫く話しているうちにすっかりなついてしまって、いい記念にと回しっぱなしにしてあるビデオカメラにしきりに愛嬬を振りまいたり、あげくの果てには人のキャンプで使う小物を失敬して自分とこのテントに持ちかえって、オカンに怒られてシブシブ持って帰ってきたりと、色々と楽しませてもらった。 しかし、時間も遅くなったので彼もそろそろ眠くなって来たのだろう、自分のテントに戻るとき「じゃ、お休みなさ~い」と言って戻っていった。 この時、この子は親からチャンと躾られているのが分かった、何故なら普通のこれくらいの子供だったら「お休み!」とだけ言うのに、語尾にさいを付けるなんてことは滅多にしないからだ。う~む感心感心。 この投稿の関連画像はこちら。 |