首切峠~吉備高原都市

〇五月二日
午前五時 曇りのち晴れ

天候不順とあまり賑わっていないキャンプ場ぱかり巡っているせいか、昨日の『ハチ高原』を除いてはテントの巾での寝つきがよいので目覚めも爽やかだ。
しかし、起きた時のテントの外は相変わらずの天気だったが時間が経週するにつれて風が出てきた。
山のうえから麓へ吹き下ろす風、天気がよくなる徴候だ!テントを畳んで相方に積む頃には『三方五湖』以来久々の太陽が姿を現してくれた。さて、今日は洗濯せねば・・・・
ツーリング雑誌でよく紹介される鍵掛峠を通過、ここは北上のルートとして使った方が『大山』のギザギザがよく拝めてよいと感じた。自分のように南下していると「あーきっついカ~ブが続くなあ」と思って走るだけになってしまうからだ。
腰まであるだろうか、『大山・蒜山道路」は多くの残雪が両側にある、いかに今年の日本海側の雪が凄まじかったかが改めて思い知らされる。快晴の『蒜山高原』に出る。そこは、今迄陰鬱とした風景ばかり見てきた自分にとっては余りにも明るすぎた。開けた場所にでてみたものの期待していた『大山』の山頂を写真に収める事は、いまだ晴れる事がない山間の厚い雲に遮られて来年に持ち越しとなってしまった。
消化不良のまま南下を続ける、やり残した事が今年は少々多い気がする。
岡山県に入った。途中R313沿いにある『湯原・足・真賀温泉』の何れかに立ち寄りたかったが、次のキャンプ場までいくつもの道を走りつないで行かなければならないので、先をいそぐ事にした。
G/Wの何箇月か前、何気なしに付近の地図を見ていた時、自分はある峠の名前に目が止まった『首切峠」

この峠を確かめるのが先程の温泉をパスした理由でもあった、ルート的に温泉に入って峠を通ると遠回りしたりしてとても無駄な時問を喰うからである。美甘村を抜けそろそろと思い始めた頃、快晴の下、眼前に怪しげなトンネルが現れた。しかし、近づいてみるとそのおどろおどろしい名前とは裏腹に、トンネルの長さは200mと短く、誠しに通ってみた旧道も日の当たる小道といった感じで思いっ切り拍子抜けしてしまい、ここが本当にあの峠なのだろうかと疑問の念も出てきてしまうほどだっただが、トンネルの入口には大きな石板で『首切峠』、その上の山の頂上には何処から登っていいのかわからないが、小さな祠が建っており人影らしきものがチラチラと見えた。
駆け足でその先の『丼倉洞」を見学し(三時過ぎだというのに観光地はこの時問になると寂しくなってくるものだ)高梁市・賀陽町とルートは東進となる、賀陽町の東端にある『吉備高原都市』のところにツーリングマップではキャンプ可能とある、しかしそれが今夜のおおきな出来事にいたる伏線になるとは思いも寄らなかった。

渋滞の無い道をスムースに走ってきたので、目的地に着いた時でも以前のような疲労感はなかった、勿輪回復してくれた天気の御陰もおおいにあるが。『吉備高原都市』は山を切り開いて造った大きな新興住宅地とリゾート施設を併設したようなもので、例えるならば『多摩ニュータウンと青少年旅行村』を足したようなものである。まあ、一口に言えば陸の孤島である。町の中に入って案内標識をみるとキャンプ出来る場所は一箇所のみ、その名前は『吉備高原青少年自然の家」・・・またである。ここが北海遺ならもう少し足を延ばして他のキャンプ場を探すことも可能だろうが、此処はキャンプ不毛地帯の山陽。そうはいかないのが現状だ。その場で暫く思案した結果、今日は早くテントを張って、湿ったシュラフや、濡れっぱなしの雨カッパを干したかったので、あえて此処で不法を承知のうえでキャンプする事にした。しかし、堂々と正面から入っていったらこの荷物と風体で一発でキャンパーとばれてしまうだろう。
案内標識をよく見ると入口は正面以外にも幾つもあるようで、その敷地もかなり広大な為、到るところに車道が整備されているようだ。単独で身を隠すに恰好の小さな山や森も沢山ある。公衆便所も数箇所あり、水には困らない。「ここしかあんめえ・・・」静かに相方とともに裏門に回り侵入開始。ここもゲートらしきものはなく、ガードマンが常駐しているような建物もない、何が起こってもすぐ脱出できるようだ、ソロリソロリと道を進む。一車線ほどしかない道をクネクネと進むと、沿道にジャージを着た中坊らしきガキどもが竹ボウキを持って掃除をしている。彼らを刺激しないように間を擦り抜け、ダムらしき湖の上の橘を渡る。やがて平坦な道は坂となり、そこを登り切ったところで広い駐車場に出た。その側には『ふるさと民族資料館』と書かれてある建物が立っていて、ポツポツと人が出入りしている。駐車場の隅には公衆便所がある。
そしていたる所に[キャンプ禁止]の立て看板が。かなり喧しく書いてあるので相当にキャンパーに対するチェックの目は厳しいようだ。ひねくれ者の自分は益々面白くなってきた。
何気なしに周りを見渡す、そして相方から降りて草花や木を観察する振りをして茂みの中へ入る。テントが晴れそうな場所はすぐに見つかった。その場所は獣道に入って数十㍍の所の駐車場を見下ろせる丘の上にあり、その様子を一望に出来るようになっていた。抱えていたメットを置き、相方の所まで戻り、警備員らしき姿のない事を確認していざバイクを獣道に入れようとした瞬問・・・・後ろからけたたましいクラクションの音「見つかったか・・・・」振り向くとてっきりガードマンかと思いきや、先程から止まっていた普通の灰色のセダンが止まっていて、そこから一人のオッサンが降りてきた。「その道はバイク入れたらあかん、キャンプもあかんねや」と言っている。
ワタクシメは「この敷地の中にキャンプ場があるはずだから、そこを教えてくれ」と言うと、「知らん、とにかくここでのキャンプはあかん」と一方的。こう言われて自分はカチンときた。
むかつくオッサンである。「へ~、地図見てキャンプ出来るってんで来たのに、キャンプでけへんねや」と言い捨てて相方に火をいれてその場を後にする。しかし、丘の上には荷物が残っている。オッサンの姿がミラーから消える辺りでUターンし、丘の反対側に廻り込む。ここに来る途中で丘に登るもう一本の道路がある事を前もってチェックしておいたのである。
その道は先程の自分が入ろうとした入口へと通り抜けできるようになっているのだ。
相方を目立たない場所に止め、坂道を登り駐章場が眺められる場所で腰をかがめた。丁度オッサンのクルマがゆっくりと駐車場から出て行く所であった。自分は状況が読めた気がした、この敷地内を走っている車殆どが高原都市の住人であり、一種の自警団を組んでいるかもしれない・・・と。だから一般人ぱかりと思って下手に羽目を外していると警察に通報されるかもしれない、という危険性を孕んでいるのだ。
素早く相方を丘のうえに運び、荷物を下ろす。シュラフとトレーナーを近くの木の枝に吊るして干し、テントを広げる。テントの高さが旨い具合に周りの灌木に隠れるのでよいのだが、自分が立ち上がると駐車場からまるみえになってしまうので、中腰でタ食の準備を始める。
時々すぐ下の道路を車が通るたびに見つかったのか?とギクリとしているが、日没ともなれば闇夜に鳥、普段から黒づくめの服装が多い自分にとっては怖いもの無しの世界に変わる。
あたりが薄暗くなり、駐章場の車の姿もなくなり資料館も閉館したようだ。自分以外に人がいなくなったのである。
「お~~~~い!!!俺はここに居るぞ~♪テントも張ったぞ~♪悔しかったら今直ぐワシを見つけて来てみろ~!!!♪」
今迄鬱積していた感情が一気に爆発して、ありったけの大声を上げて叫んだ。
今、冷静に考えてみると自分でも良く分からない。とにかく一人旅の人間を冷たくあしらった事に対して異常に悔しく頭に来たのだろう。もう誰にも見つからない安心感ともしかして・・・という不安感と、広大な敷地に不法侵入して住居を構えたという征服感が一気に高まっていたのは今でもよく覚えている。

吉備高原の夜

眠ろうとしているが一向に睡魔が来ない。おそらく興奮しているのだろうか。それとも、と考えて表に出てみるとやはり満月であった。毎年そうなのだがいつもこの時期、旅先で満月を迎えると寝つきが悪くなるのである(ホント)無理に眠ろうとしてもイライラするだけで馬鹿らしいので、しばらくテントの周りを散歩して気晴らしする事にした。
そういえぱ昼間あれだけ学生どもが居た訳だから何処かでキャンプファイヤーなんぞをやっているかもしれない、ちょっと冷やかしに行ってやろうと思い、自然の家まで行ってみることにした。
丘を下り車道に出る、持ってきたヘッドラィトが不要な位の月明かりの中をテクテクと歩いては時折車が通過する際には、ジョギングをしているフリをしたりした。20分ほどしてダムの上に掛かる橋に差し掛かった。ダムらしき湖の上の橘を渡る。
銀色に輝く湖面は余りにも美しく引き込まれそうである。波一つ立っていないので月は勿論、明るい一等星までもを映し込んでいた。
橋を過ぎ横にキャンプファイヤー場が見えてきた、しかし炎は勿輪、誰一人としていなかった。灰に触ってみると乾燥している上に熱も帯びていないので、本日は最初から予定がなかったのかもしれない、ちょっと残念。となれば、次ぎなる作戦は消灯時間を過ぎても夜更ししている不良学生どもを捕まえて遊ぷ、これしかないだろう。頁っ直ぐに自然の家に向かった。
ああいう集団の中には必ず夜更しをして外に出てプラプラしてしている奴が居るはずだからである。女だったら引っ掛けるもよし(こりゃシャレにならんか)男だったらうまいこと話をつけて女の部屋に入れてもらうように作戦を立てて、もし見つかったらさっさと逃げてしまえばいいわけだ、久々に自分の心の中に「ハイド氏」が現れた感じがした。
怖いものはない、ここは山の中。自分は放浪者・身元不明・住所不定である。自然の家に到着、玄関にある宿泊団体が書かれている看板を見ると三校ほど中・高校のガキどもが来ているらしい。しかし、建物の中はしんと静まり返っている、もしや?と思いガキどもが寝ていると考えられる部屋に向かい(モチロン外から)カーテンの閉まっている窓ガラスに力を加えてみる・・・開いた。中から生暖かい風が出てくる。中は真っ暗でどうも奴等は夢の中のようだ。目を凝らすと中に10~20人程のガキどもが寝ている姿が見えた。時刻は夜十時。ひとつ残念だったのは、そこに寝ているガキどもは全て男子だったということだ。という事はこの建物は二階建てなので、女子は二階にいるのだろう、暗闇に目が慣れてくると部屋の間取りが分かるようになりてきた。寝室は旅館やホテルのように独立した部屋とはなっておらず、フェリーの二等寝台のようにドアもなく、廊下の両脇に二段ベッドと畳があり彼らはまるで、自衛隊の演習の宿舎にでも寝泊まりしているかのようにシュラフ持参で眠っているのだ。
「なんや、野郎しかおらんのか・・・」とても残念であった。二階の窓まで行けるようなルートはなく、少々危険な予感がするので諦める事にした、しかし、このまま大人しく帰る自分ではない。ここは一つはらいせに質の悪い悪戯をしてやろうと考えつき吸っていたタバコの煙を部屋の中に嫌という程吹き込んでやった。煙は外からの冷気にのってどんどんと部屋の奥の方へと流れてゆく、この後先公が見回りして来たら間違いなくタバコの臭いに気がつき、大騒ぎになるだろう。
そして、とどめにその吸殻を火のついたまま窓際のテーブルにフィルターを漬して置いておいた。こうすれぱ風や振動でタバコが転がり落ちる事もなく、火事にならずに煙を出し続けるだろう。そして翌朝、身に覚えの無い吸殻を突きつけられ全員が正座させられて、こってりと油を搾られる事だろう。可愛そうだがなんだか可笑しくてその場で吹き出しそうになった。
あくどい事に、白分はその後並びの部屋全ての窓の鍵が掛かっていない事を発見し、御丁寧にも一つ一つの部屋全部に煙草発煙装置を仕掛けてやった。こうなったらそれこそ、学年挙げての大騒動となる事だろう。
せいせいした気持ちで引き返す途中で明かりの洩れる部屋を見つけた。中からは楽しそうな笑い声が聞こえる。少し開いているカーテンの隙間からみるとビール瓶が数本空になっているテーブルを囲んで数人の先公どもが宴会をしていた。その中には女の先公も交じっていてかなりテンションが上がっているようだった。な~んかすっごく楽しそうで、ここ2~3日しんどい思いをしてきた自分にとってはとても恨めしく見えた。