日本に帰国してから直ぐに転職先での業務が始まった。
仕事の内容的には、CXO向けのコンサルティング案件創出、海外新規事業投資先への
Business Due Diligence。当初そこまで海外での仕事はないと思っていたが、
入社当初からアジア某国に行き、Due Diligenceの準備を現地の投資会社と話し、
協力してもらう現地コンサルティング会社と話をして、パートナー選定をした。
そこからは本当に怒涛の様な何ヶ月かを過ごしていたが、本当に面白かったと思う。
1ヶ月に1回某国に出張し、その間位にDue Diligenceを進めつつ、
コンサル案件の提案書作りや社内調整をする毎日。
役員といってもまだペーペーで、一人も部下がいない状態だったので、
結構自分でやらなければならないことも多かった。
とは言え、社長、オーナーに話をして、投資を進めるのか否かを判断頂くことも、
これまでの仕事にない話だった。案件の中身的には淡々と事実を集めて、
本当に投資価値があるのかを見極めて行く作業と並行で、
先方との関係性を築いたり、先方の親会社との関係性を深めて、
我々とのシナジーを検討していく内容だった。
飛行機も電車もない国で、車で何時間も揺られて、投資先の親会社を訪問し、
交渉を進めたり、現地の投資会社とも作戦を練ったりすることで、
非常にこれまでにない経験を積めたし、何より英語で全く戦略コンサル、
しかもやった事のない業務をすることは非常に新鮮だった。
結果的にはこの案件は社長、オーナーの投資エリアに対する魅力度に欠け、
NGとなった。本業に対するシナジーはかなりあったように感じたが、
社長の新事業に対する思いと現行に対する感度に負けた感じではあった。
半年ほど忙しい毎日を送りながら、次は新規事業創出、
次は某国での新規事業投資先、と案件を着々とこなしながら、
アジア諸国を3ヵ国ほど歴訪する状況が数ヶ月経っていた。
正直、自分のバックグラウンドとは全然違う仕事をしていて、
楽しくはあった。私を採用してくれた上司には本当に感謝している。
2人上司がいたのだが、1人はコンサル部門のトップ、
一人はどちらかというと新規事業部門のトップ。
どちらも私に自由に仕事をさせてくれて、やりたいことを只々自由にできていた。
ただ、人間欲が出てくるわけで、そろそろ自分の部門を持ちたいなと思っていた
頃に、私と同じクラスの役員が入ってきて、いきなり部門長、部下持ちみたいな
状況になった。
流石にこれには憤慨して、上司には話をしたが、
諸々の諸事情があって取り合ってもらえず、悶々と仕事をすることとなった。
一人で仕事をし続けるというのも、ちょっと限界を感じていたその頃、
海外現地法人へ経営として行く道もあることを知った。
アジア歴訪をしている中で、いろんな現地法人の社長とも仲良くなり、
その人たちからそんな話を聞いた。
と、そんな中、その新しく入った役員が数ヶ月で辞めるという話を聞き、
またまた憤慨してしまい、こんなことなら自分にやらせてくれればよかったのにと。初めて、部門を任せてもらうか、海外に行かせてもらうか、
どちらかないと辞めるとまで言ってしまった。これには上司も怒り始め、
色々擦ったもんだがあったが、話し合いの末、休戦をしたのだった。
冷静に考えると、上司もその役員もそうだが、最高学府を出ていたり、
MBAを出ていたり、戦略系コンサルを出ていたりとピカピカである。
自分もそこそこいい大学を出ているつもりではあったが、
やっぱり自分の経歴書は綺麗な方がいいんだなと思った。
そう言った人は、なんだかんだ言ってもクオリファイされているというか、
出来ることは証明されている。
だからこそ、社長もオーナーも重要な仕事を任せるし、
それなりのポジションを与えるんだと。
30代後半になって、学歴格差を受けるとは何ともなあと思いながら、
現場で頑張って上に行って自分のやりたいことをやるという、
某刑事ドラマで言ってた話は、現実問題難しいということは痛感した。
これが世の中だと。
あの時勉強していれば、海外に留学しておけば、何て色々と考えた時期ではあった。