続き。
元気に大空へ飛び立った銀ちゃん。
きっと元気に自然を飛び回ってるんだよね、良かったね、そう思うこと40分。再度放した庭に行って、私が鳴き真似をした。この子、保護した当日は鳴けなかったけど、翌日からチュンチュン言うようになって、私の鳴き真似にはすごく反応して応えてくれてたから、、、
そしたら、チュンチュンて聞こえるの。間違いなくあの子のチュンチュンなの。母も、「この声銀だよね?」って。
そしたら、目の前の紅葉の枝に止まってたんだ。
止まって、こちらを見て、チュンチュンいってるの。いつものいたずらっ子っぽい顔に、ちょっと大人びた表情が加わったような顔。
銀ちゃん!銀ちゃんそこにいたの!あれから元気だったんだね!
私達、涙。
1分くらいかな、枝から枝に飛んで私達を見てたけど、私達の横や足元には、慣れた鳥カゴや餌も水もあるのに、こっちに来ることなくまた羽ばたいていった。
それ以来、見てない。外で、銀と思われるチュンチュンが聞こえたからまた私もチュンチュンいってみたけど、姿は見えない。
きっと元気でいるんだよね。もう自然に帰ったんだから、私達のことなんて忘れてて欲しい。忘れてて欲しいけど、元気かどうかだけが心配だよ。
もう日が暮れたけど、寝床は見つかった?ご飯は1人で見つけて食べられた?仲間のスズメがちゃんとできた?心配はつきない。
自然に帰してから、一回うちの庭に戻って来るまでの少なくとも40分は元気だったわけだし、私達に顔は見せてくれたけど寄って来ることなく去って行ったんだから、もう完全に野鳥になれたに違いない。
でも、それでも、その後ちゃんとご飯食べれずに弱ってしまってたら?もしかしたらもう、、、?なんて考えてしまって、、、
でも、放す前に、相談していた野鳥の観察舎の方から母が言われたこと。
「なかったはずの生命をここまで育てたんだから」
この子の名前、「銀ちゃん」の由来は、銀座で保護したから。
会社帰り、いつも通り晴海通りを歩いてたら、東銀座辺りで、何かが足元に転がってきて踏みそうになって。慌てて避けたのが、足を引きずったこの子だった。
夕暮れ直前の銀座の歩道、このままだと当然人か自転車に踏まれるか、仮に街路樹脇に置いてあげても、その横はすぐ車道だから、ヨタヨタ車道に出ちゃったら車に轢かれるし。微妙に、10センチ位羽ばたけるからなお怖い。
一応私が横について、車道側ではない歩道脇に行けたんだけど、そこ、寿司屋の目の前で、ヨタヨタしてるうちに自動ドアに挟まれそうな位置に( ; ; )
結局50分位、少し離れた位置で見てたんだけど、いよいよ暗くなってきて、これじゃ会社帰りのリーマンかOLに踏まれるか、寿司屋のドアに挟まれるかだよ、、、と、どうしようもなくなって、拾い上げてハンカチにのせて、でも電車には乗れないからタクシーで連れて帰ってしまった。
だから、あの時私が保護してしまわなければ、きっと雑踏の中で消えていってた生命だったんだと思う。勿論それが自然の摂理と言えばそうなんだけど、、、
でもつまり、野鳥の観察舎の方は、鳥として一度も大空を羽ばたけずに終わるはずだった生命を、仮に放してすぐ生命を落としたとしても、大空を一瞬でも羽ばたけるまで育てたんだから、ということを母に言ってくださったみたい。
なんだか正当化してたり、自己防衛みたいな言い方かもしれないけど、、、、
たまたまあの日あの時あの場所であの子に出会えなかったら(歌詞みたいになってなってしまった)、あの子はあのまま、誰にも知られずに、もしかしたら跡形さえもなく消えていったかもしれない。それよりは、仮に短い生命であったとしても(あくまでも「仮に」)、スズメとして力一杯青い空を羽ばたけて、きっと楽しかったに違いない。
そう思いたいし、私達に姿を見せなくても、元気に生きてて欲しいよ。逆に私達を覚えてて姿を見せてくれたら、もうダメだよ。君はもう自然のスズメだからね。
続く。