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生きていると悩みは多いものです。
いや、生きること=悩みと言っても
過言ではないですよね。
特に、人間関係。
みなさんはどうですか?
たとえば家族。
自分が学校を卒業する頃になると、
進路のことで揉めたことはないですか?
結婚のことで揉めたことはないですか?
自分が決めたことに、親は反対する。
自分の言っていることを
納得させようとしても、
まったく理解してもらえない。
このままなら、もうケンカ別れを覚悟で
家を飛び出すしかない!
本来、両親と言えば、この世の中で最も
自分のことを考えてくれる存在です。
子供の頃を思い出してください。
どんな悪いことをしても許してくれた、
最も近い存在です。親は。
でも、理解してくれない。
血のつながった親子でもこうです。
ましてや他人との間ならどうなのか?
なぜ人は人間関係で悩み続けなければ
ならないのでしょうか?
大きな理由としては、「我」、つまり
「エゴ」というものが
大きく影響している
と仏教では考えるそうです。
すべての生き物は、
「自分が一番かわいい」
という共通の特徴を持っています。
しかし、中でも人間は、その発達した
脳細胞のせいで、「知識」という余計な
荷物をたくさん背負っている。
エデンの園で「禁断の実」を食べて以来、
人間が背負わなくてはならなくなった
荷物が原因です。
たとえば親が、
「自分は親として
子供を見守ることが役割。
ただそれだけのことだ。
子供の進路も、子供が決めること。
それを私は見守るだけ」
と大きな観点からとらえれば、
わかりあえるかもしれない。
それを、
「ここまで育てるのに
自分がどれだけ苦労してきたか。
親の気持ちもわかろうとせずに、
なぜ反発するのか…」
と、余計なものをたくさん作り出し、
それを根拠に不満を爆発させてしまう。
また、子供は子供なりに
自分を正当化する
知識を根拠に自分を主張してしまう。
言うなれば、人間は、
「頭が良すぎることで
人間関係をダメにする」
生き物だと言っても
過言ではないかもしれません。
「学を絶てば憂なし」 (老子二十章)
すなわち、
「知識を捨てれば、悩みはなくなるよ」
と昔の人も教えています。
頭の良い人は、
実際にはあり得ないことでも
知識を用いて、
あるように仕向けてしまう。
二つの内、
どっちが正しいかを決める場合、
相手を説得するには、それだけの知識や
情報が必要となってきます。
実際には、自分という「我」が
「どっちが正しい」
という正当論を振りかざすために、
身につけた知識や情報に振り回されて
いるにもかかわらず。
「仁能く之を守らざれば、必ず之を失う」
(孔子)
すなわち、相手に対する思いやりを忘れ、
常に、
「自分が正しい」
と屁理屈や
こじつけの「痴」力に長けた人は、
全ての人間関係を
破たんさせてしまうのです。
どうですか、みなさん。
このあたりでそろそろ
「バカになる生き方」
しても良い頃なんじゃないでしょうか。
「どっちが正しい ?! 」
という価値基準から離れることが、
バカへの第一歩。
「禁断の実」を吐き出す
キッカケになると思いますが。
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