江東区深川にはかつて東京最大の遊郭があった。
「洲崎パラダイス」と呼ばれた歓楽街の跡は、現在の東陽町にある。


まだ埋め立てが進んでいなかった頃、海に間近の洲崎パラダイスはかつて吉原よりも栄えていたんだそうだ。
その洲島パラダイスも戦後の赤線廃止に伴って静かな住宅地へと変わった。

僕はなぜか知らないがこの場所をネットで知った。
自分の家から自転車に行けるところに、かつて都内有数の歓楽街があったという事実に興味を持った。なんというか、こうノスタルジーを感じた。

さらにこの洲崎を舞台にした映画がある。
川島雄三監督の「洲崎パラダイス 赤信号」である。
1956年の東京が舞台で、地方から出て来た若い男女が洲崎周辺で地元の人たちに助けられ生きていくストーリーでその時代を知らない僕が見ると新鮮な内容だった。

例えば居酒屋のシーンで「へい勘定して」「お通しと〇〇で260円ね」という台詞がある。



安っ。

また飲酒運転が普通におこなわれていたり、30歳がもうおっさんだったり、かけそば20円なのにビールは150円だったりと驚きに満ちていた。
映画は時代を記録する上で最高のものだと思った。

僕はこの映画を観た後、すぐに洲崎へ自転車で行った。
50年の月日は街を大きく変えたのだと思う。
映画には存在した正面ゲート前の川も今は埋め立てられ、かつて遊郭だった雰囲気はもう残っていない。でも映画に出てくるような居酒屋があり、かつて橋だったところには「洲崎」の石碑は感慨深いものだった。

かつてこの地にいた遊女、酔った男、アコーディオンとギターの流し。


眠るときに考えた。映画の舞台にタイムスリップして浅草からバスに乗って弁天町へ、そして洲崎パラダイスの正面まで歩き居酒屋で一杯なんてこと。