視覚障害者であるということ
わしが随分前からずっと聞き続けている方のブログ
中途障害者のパソコン教室
ではいつもはっとさせられる内容が書いてある。
アメリカで販売されて現在日本でも大流行のアイパッド。
これはアメリカの視覚障害者の要望にて最初から音声でも操作できるように開発されてきて、実際に多くのアメリカの視覚障害者が喜んで使用しているとのこと。
けんど、日本ではどうか?
周りの視覚障害の方の意見を聞いてみると、なかには音声で操作できるかどうかを試してみようと思っていいる人もいらっしゃるが全体的にはタッチパネルで操作することでもありしょせん晴眼者が使用するものであり画像を見て楽しむものであるから視覚障害者には関係ないねってスタンスが多いような気がする。
一方、視覚障害者の方の中ではPTRとからくらくホンとかKシステムのスクリーンリーダーを初めとする見えない人対象に開発されたソフトを使用して当たり前って漢字である。
これは音声操作のみに特筆されたものであり、晴眼者が楽しく使うものとはまったく別物の作りになっているって感がぬぐえない。
わし的には、このへんの感覚は見えようが見えないであろうが同じかもしれんが、たまたま見えない状態になっているってだけの話なので視覚障害者だからだといって特別な圏内での使用に限られたソフト、機器を使うのもなんだかなぁって漢字である。
わしは今でも人事で人件費、従業員の給与の管理を中心に仕事しているがそこで使用するグループウェアなどでのソフトは同じものを使用している。
それをどう同じ環境で音声で使用できるかどうかのためにスクリーンリーダーを使用している。
そこでは限られた目的ではあっても汎用性のある95リーダー系かJAWSっていうSCRを使用している。
あとは進捗管理に使用する資料も給与人件費の産出管理するのも晴眼者と同じエクセルやワード使ってメールや掲示板にて情報の交換をしている。
ここでは視覚障害者も晴眼者も関係ないのである。
実際、昔からわしを知っている社員でも現在わしが右目は光を感じる程度、左目は矯正しても0.01の視力しかない状態になっているということを理解している人は少ないと思う。
もう一つわしの所属する視覚障害者の団体では催しが開催される会場までわしは当然のごとく白杖使って単独で行き来している。
それを見ていつも
「危ないから誘導ボランティアを利用して来てください。」
と言われている。
確かに安全最優先するならば誘導ボランティアを利用するのも必要かもしれない。
けんど、いつもいつもそれらを利用していたら、そのうち一人では何もできなくなってしまうような気がするのである。
昨日はひさびさに途中までバスに乗ってみた。
まずはバス停の場所がわかりにく。
白杖使ってコツコツやっているとベンチでバス待っているおじいさんが
「バス停はここでっせ。」
と声をかけてくれた。
「どもでーす。」
としばらく待っていると「バスがきましたでぇ。ノリ口はここでっせ。この席があいてまっせ。」
と教えてくれる。
見えなくても誘導ボランティアがそばにいなくてもどうにでもなるのである。
その場にいあわせたそこに生活している市民がボランティアしてくれるのである。
いつも使っているコンビにでも若いアルバイトのお兄ちゃんやお姉ちゃんが頼めば気兼ねなくサポートしてくれる。
慣れると
「今日は何をお探しですかぁ?」
なんて飛んできてくれるのである。
誘導ボランティア頼んで最初からこれはここにありますと視覚障害者とそのボランティアだけの世界で行動しているのとは違うと思うのである。
10年前に大阪の日本ライトハウスの生活訓練受けた時には白杖使っての歩行訓練では援助以来が必須であると教えられた。
けんど、それにはまずは単独で白杖使って安全に歩行できる技術を会得しなければいけないのである。
次に回りにいらっしゃる晴眼者の人にいかに援助依頼して情報を得て目的の場所まで安全に確実に行き着く技術を徹底的に叩き込まれたのである。
だんから、歩いて20分~30分の場所なら事前に周りの情報を頭に叩き込んでいればどうにでもその場所までは安全に行き着ける自信があるのである。
なーんて、いろいろ書いたが、この考えはわしだけのものかもしれない。
人それぞれ自分の考え意見があるのだからなんともいえない。
どうなんでしょうねぇ?
PCAKISIMAさーーん。
中途障害者のパソコン教室
ではいつもはっとさせられる内容が書いてある。
アメリカで販売されて現在日本でも大流行のアイパッド。
これはアメリカの視覚障害者の要望にて最初から音声でも操作できるように開発されてきて、実際に多くのアメリカの視覚障害者が喜んで使用しているとのこと。
けんど、日本ではどうか?
周りの視覚障害の方の意見を聞いてみると、なかには音声で操作できるかどうかを試してみようと思っていいる人もいらっしゃるが全体的にはタッチパネルで操作することでもありしょせん晴眼者が使用するものであり画像を見て楽しむものであるから視覚障害者には関係ないねってスタンスが多いような気がする。
一方、視覚障害者の方の中ではPTRとからくらくホンとかKシステムのスクリーンリーダーを初めとする見えない人対象に開発されたソフトを使用して当たり前って漢字である。
これは音声操作のみに特筆されたものであり、晴眼者が楽しく使うものとはまったく別物の作りになっているって感がぬぐえない。
わし的には、このへんの感覚は見えようが見えないであろうが同じかもしれんが、たまたま見えない状態になっているってだけの話なので視覚障害者だからだといって特別な圏内での使用に限られたソフト、機器を使うのもなんだかなぁって漢字である。
わしは今でも人事で人件費、従業員の給与の管理を中心に仕事しているがそこで使用するグループウェアなどでのソフトは同じものを使用している。
それをどう同じ環境で音声で使用できるかどうかのためにスクリーンリーダーを使用している。
そこでは限られた目的ではあっても汎用性のある95リーダー系かJAWSっていうSCRを使用している。
あとは進捗管理に使用する資料も給与人件費の産出管理するのも晴眼者と同じエクセルやワード使ってメールや掲示板にて情報の交換をしている。
ここでは視覚障害者も晴眼者も関係ないのである。
実際、昔からわしを知っている社員でも現在わしが右目は光を感じる程度、左目は矯正しても0.01の視力しかない状態になっているということを理解している人は少ないと思う。
もう一つわしの所属する視覚障害者の団体では催しが開催される会場までわしは当然のごとく白杖使って単独で行き来している。
それを見ていつも
「危ないから誘導ボランティアを利用して来てください。」
と言われている。
確かに安全最優先するならば誘導ボランティアを利用するのも必要かもしれない。
けんど、いつもいつもそれらを利用していたら、そのうち一人では何もできなくなってしまうような気がするのである。
昨日はひさびさに途中までバスに乗ってみた。
まずはバス停の場所がわかりにく。
白杖使ってコツコツやっているとベンチでバス待っているおじいさんが
「バス停はここでっせ。」
と声をかけてくれた。
「どもでーす。」
としばらく待っていると「バスがきましたでぇ。ノリ口はここでっせ。この席があいてまっせ。」
と教えてくれる。
見えなくても誘導ボランティアがそばにいなくてもどうにでもなるのである。
その場にいあわせたそこに生活している市民がボランティアしてくれるのである。
いつも使っているコンビにでも若いアルバイトのお兄ちゃんやお姉ちゃんが頼めば気兼ねなくサポートしてくれる。
慣れると
「今日は何をお探しですかぁ?」
なんて飛んできてくれるのである。
誘導ボランティア頼んで最初からこれはここにありますと視覚障害者とそのボランティアだけの世界で行動しているのとは違うと思うのである。
10年前に大阪の日本ライトハウスの生活訓練受けた時には白杖使っての歩行訓練では援助以来が必須であると教えられた。
けんど、それにはまずは単独で白杖使って安全に歩行できる技術を会得しなければいけないのである。
次に回りにいらっしゃる晴眼者の人にいかに援助依頼して情報を得て目的の場所まで安全に確実に行き着く技術を徹底的に叩き込まれたのである。
だんから、歩いて20分~30分の場所なら事前に周りの情報を頭に叩き込んでいればどうにでもその場所までは安全に行き着ける自信があるのである。
なーんて、いろいろ書いたが、この考えはわしだけのものかもしれない。
人それぞれ自分の考え意見があるのだからなんともいえない。
どうなんでしょうねぇ?
PCAKISIMAさーーん。