ふと開いた文章に「10月25日は新潟米の日」と載っていた。米どころ新潟のことだ、さもありなんと思いいわれを確認する。「JA全農にいがたが制定した新潟米の日。新潟を代表する米といえば、コシヒカリとこしいぶき。いいお米、新潟 コシヒカリ こしいぶき」の語呂合わせに由来し、この日を記念日としたとある。

 

 新潟の米と言えば社会科で習ったのは、戦後の食糧不足解消のため八郎潟の干拓を記憶している。どのように工事が進んだのか分からないが、いつからか八郎潟は稲作のモデルのようになったと思う。長く続いた減反政策から令和の米騒動、新潟にどのような影響を与えているのだろうか。

 

 米政策はこれからどうなり国民の主食をどう確保されるのだろうか。令和の米騒動は減反の影響などの指摘について当初は米は有る、が否定され米不足が肯定された。ということで米は増産、余裕が出れば輸出という方針になった。それから半年もしないうちに内閣が変わると減産の方向に向きが変わった。同じ党で向きが反転した。

 

 新しい農水大臣は農水省の出身ということだが、前農相の施策には賛成ではなかったと報道がある。減反方針への変更を聞かされた稲作農家の方が「来年の種もみは発注すみ、取りやめは出来ない」とTVインタビューで話されていた。こんな秩序ない政策の変更で、安定した農家の収入を保証し安定した価格で安定した供給が出来るのだろうか。農家に混乱を与えない政策を望む。

 

 (居伊野575) 食べたいが高くて買えぬ主食米