音声通話SIMを提供するIIJの狙い/「MVNO2.0フォーラム」で見えたMVNOの現状と課題

ITmedia Mobile3月16日(日)15時22分

音声通話SIMを提供するIIJの狙い/「MVNO2.0フォーラム」で見えたMVNOの現状と課題
3月6日に総務省とテレコムサービス協会MVNO委員会が「MVNO2.0フォーラム」を開催したのと前後して、インターネットイニシアティブ(IIJ)が音声通話つきのSIMカードを発表するなど、3月3日から14日の2週間は、“格安SIM”として注目を集めるMVNOに関する話題が相次いだ2週間だった。IIJのほかにも、ASAHIネットやSo-net、hi-hoなどが、新プランの発表やプランの改定に踏み切っている。

 そこで今回の連載では、IIJの新たなプランを紹介しつつ、その発表やMVNO2.0フォーラムから見えてきたMVNOの現状や、MVNOが抱える課題についてまとめていきたい。また、ほかのMVNOが発表したプランについても、適宜触れていく。

●データ量の増加、音声通話対応SIMの発行とサービスを強化するIIJ

 IIJは3月7日、同社の提供する個人向けサービス「IIJmio高速モバイル/Dサービス」のラインアップとして、音声通話対応のSIMカードを追加すると発表した。あわせて、現在提供中の「ミニマムスタートプラン」(税別900円)は500Mバイトから1Gバイトに、「ファミリーシェアプラン」(税別2560円)は2Gバイトから3Gバイトにと、4月1日からそれぞれ利用できる容量を増加させる。

 音声通話はSIMカードの交換が必要となるが、既存のプランに1000円(税別)をプラスすることでつけらる仕組みで、通話料は30秒20円(税別)。無料通話はなく、国際ローミング時には音声通話のみ利用できる。このタイミングでIIJが音声通話対応のSIMカードを始める背景には、次のようなユーザーのニーズがある。

 「お客様の使い方を見ていると、(SIMを)スマホに挿している方が多い。家族や友達との会話はLINEやFacebookで済んでしまい、Gmailをはじめとするフリーメールが利用拡大し、モバイルキャリアが提供するメールへの依存も少しずつ緩くなっている。一方で、サポートやTwitterには、『いつ電話をやるのか』とかなり言われてきた。必要なときに電話で話せるニーズは根強い」(サービス戦略部 サービス企画1課 青山直継氏)

 もちろん、スマートフォンではアプリとしてIP電話サービスを利用し、データ通信のみのSIMカードでコストを抑えるという手もあることはあるが、「スマホで従来の080、090(あるいは070)を使いたいという漠然とした不安や需要がある。無料のIP電話は操作性だったり、使いたいときにつながらず、通話が途切れる、音声が聞こえにくかったりするという問題がある」(青山氏)。

 通信の仕組みをひも解けば分かるが、アプリレイヤーのみのIP電話とは異なり、回線交換はそれ用に帯域がきちんと確保されている。無線である以上、完璧はないが、それでもユーザーが極端に多くなると速度が低下し、パケットの流れが止まってしまうデータ通信網より安定性が高い。青山氏の言葉を借りれば、「いつでもちゃんとつながり、一定の品質が保たれる」というのが回線交換式の音声通話の魅力だ。

 また、音声通話を始めることで、MNPでIIJへのポートインも可能になる。音声通話がないデータのSIMカードはあくまで今までの電話番号を移せない2回線目以降。音声通話を始めることで、1回線目需要を見込めるようになるというわけだ。

 IIJはアプリで制御し、必要なときだけ通信を高速化する「クーポン」という仕組みを採用しているが、これを500Mバイトから1Gバイトに増量する。単純比較すると、933円(税別)で1Gバイトのプランを始めたBIGLOBEよりも割安となる。これについて、青山氏は「市場において1000円を切る1Gバイトのプランが先行している。市場動向を見ていると、そこに魅力を感じ、評価されているということはマーケティングの上でも出ている」と追随を認めた。

 1Gバイトで約1000円という価格が可能になった背景は、青山氏によると「帯域単価の下落、あるいはその見通しも含め、1Gバイトであっても(1000円前後で)ご提供できるバランスが取れるようになりつつある」ことにあるという。利用者やトラフィックが増えれば接続料も上がるため、単純な比較はできないが、実際、2007年度には10Mbpsあたり1441万4939円だったドコモの接続料は、2012年度に284万6478円まで値下がりしている。また、総務省は今後、接続料のさらなる値下げを行う方針を掲げているといい、これに伴い、日本通信は1月に総務大臣に求めていた裁定を取り下げている。

 こうした事情が相まって、各社1Gバイトで1000円程度の価格設定に落ち着きつつあり、今のMVNO市場の“相場”になっている。3月7日には、同じくドコモ網でサービスを提供するhi-hoが月額933円(税別)の「ミニマムスタート」プランのデータ量を4月1日から500Mバイトが1Gバイトに上げると発表した。同様に、ASAHIネットは、「1ギガプラン」の価格を、4月1日から1858円(税別)から900円(税別)に値下げるする。

 価格帯の相場が形成されつつある中、IIJは他のMVNOとどこで差別化していくのか。青山氏によると、「1000円未満が売れ筋で注目を集めてはいるが、1000円以下であれば1000円以下で料金体系と品質、使い勝手のバランスをいかに取っていけるか。IIJではサービス事業者、通信事業者としてこれに取り組んでいる」という。

 先に挙げた、ユーザーが自分の判断でオン・オフを切り替えられるシステムもその1つ。また、IIJでは「低速通信はペナルティではない」(ネットワークサービス部 モバイルサービス課 担当課長 佐々木太志氏)と考えており、クーポンをオフにした場合でも、以下のような「バーストトラフィック」では高速に通信ができるような仕組みを取り入れている。

 「IIJはクーポンオフでも(200Kbpsになっても)案外使えるとご評価いただいている。この帯域を遅くしても、長い間設備が占有されてしまうと、その効果が打ち消されてしまい、なんらコスト削減にならない。そのため、(帯域制限をかけない)バーストの転送をさせてあげて、呼を早く解放するようにしている」(佐々木氏)

 MNOとは料金で、MVNOとは品質で勝負していくというのが、IIJの戦略といえるだろう。

●「MVNOフォーラム2.0」で語られたMVNOの課題とは

 ただし、IIJの料金プランにもまだ課題はある。1つは、音声通話の通話料が30秒20円(税別)でキャリアと横並びであるということだ。auやソフトバンクでは、通話料を半額にする「通話ワイド24」や「Wホワイト」が用意されているため、こと通話に関しては“格安”とは言えない。佐々木氏によると、これは「ドコモの標準的な卸プランがあるため」である。「So-netが無料通話をやっているように、標準プランにないところはMVNOの努力で仕組みを作れば提供が可能」(同)というが、極端にいえば、もともとそれほど大きくない利益を犠牲にするしか、他社と差別化ができないということになる。

 また、格安SIMとして人気を博しているものの、端末価格を考慮に入れると、ある程度データを使うユーザーにとっては、そこまで安くならない可能性もある。例えば、音声通話込みで3Gバイトの「ファミリーシェアプラン」を契約すると、料金は3560円(税別)になる。ドコモで同じ3Gバイトの「Xiパケ・ホーダイ ライト」を選ぶと4700円(税別)。ここに基本使用料の743円(税別)と、ISPの料金であるspモードの接続料300円(税別)を足すと5743円だ。単純比較だとIIJの方が安いように見えるが、必ずしもそうではない。ドコモやau、ソフトバンクは、端末を買った際の割引が通信料に対してつく。これが2000円だとすると、料金は3743円。IIJのファミリーシェアプランはSIMカード3枚でデータ量を分け合えるというメリットはあるが、金額だけ見ると大差がない状況だ。

 これで端末代が同じならまだ互角の勝負といえるが、店頭に目を向けると必ずしもそうではないことがすぐに分かる。例えば、iPhone 5sはMNPだと一括0円で買えて、なおかつキャッシュバックまでもらえることもある。そのうえで、通信料に対しての割引がつく。これに対して、MVNOのSIMカードを使うためにSIMフリーのiPhone 5sをApple Storeで買うと、16Gバイトでも7万1800円(税込)だ。トータルコストでは、格安SIMと呼ばれるMVNOよりもMNOの方が安いという逆転現象が起こってしまう。少なくとも、大手キャリアが一括0円や端末価格を大幅に上回るキャッシュバックを是正しない限りは、MVNOはニッチの域を出るのが難しくなる。

 端末価格の問題点については、IIJだけでなく、MVNO共通の課題として認識されている。3月6日に開催された「MVNO2.0フォーラム」では、日本通信の代表取締役副社長 福田尚久氏が、Apple在籍時に教育用PCの価格を大幅に上げた際、故スティーブ・ジョブス氏から「原価を割った分はほかのお客様が支払っていることになる。ほかのお客様に請求する権利を我々は持っていない」と語られたエピソードを紹介しつつ、次のように疑問を呈している。

 「MNPでこちらにきたら10万円というようなインセンティブをキャッシュで払われている。得られるであろう収益の中から原資として出せるものなのか。独占禁止法では原価割れをしてはいけない、ほかにも景表法などさまざまな規制がある。1人に対して10万円のキャッシュバックをして、それが経済合理性としてジャスティファイ(正当化)されているのか。そういったものに経済合理性があるなからいいが、多くの人はそうではないと思っている。今の規制の中で問題がないのか、今の規制がきっちと運用されているのか(は検証が必要)」

 福田氏に続けて、IIJの常務執行役員 島上純一氏も「今だと端末とセットの方が得になる。有限な資源を持っているキャリアが、大幅に値引きをして端末を売るということができるのがおかしい。端末代がイーブンになっていないという不満はある」と述べている。

 このように、高額なキャッシュバックはMVNOにとって大きな課題と認識されているようだ。ただ、目立って批判されがちだが、上で簡単に試算した結果からも分かるように、仮にキャッシュバックがなくなっても、キャリアが販売している端末の方がSIMフリーモデルより大幅に安く、なおかつ通信費に割引がつくと、MVNOよりMNOが価格面でも有利になることに変わりはない。MVNOを含めたサービス環境の多様化を期待するなら、ここに対する明確な方針が必要になってくるだろう。

●契約時の本人確認もMVNOにとっては重荷に

 契約時に行う本人確認に求められる厳格さが、現状では日本は諸外国よりはるかに厳しいのも、MVNO普及の妨げになっているきらいがある。例えば、IIJの音声対応SIMは、店頭で買ってすぐに使うことができない仕組みになっている。販売されるのはパッケージのみで、実際にはそこから本人確認書類をアップロードして、SIMカードが送られてくるのを待つ必要がある。

 IIJでは音声対応SIMカードで「ライトなユーザー層への拡大が期待できる」(青山氏)というが、買ってすぐに使えないのは少々ハードルが高い。佐々木氏が「非対面販売に対して定められたガイドラインがあるので、そちらに完全に準拠した」と言うように、現状の警察が求める要請が厳しすぎるために、店舗を持たないMVNOではこのような手を打たざるを得ないようだ。

 この点について、日本通信の福田氏は「警察には当初インターネットを売るなと言われた」としながら、「犯罪が起きるとエモーショナルにビュッと行く。詐欺のような犯罪はかなり組織化していて、誰かの名義で携帯電話を何十本も契約させることが行われている。きちっとした抑止力があるのかないのかが重要」と語っている。

 NECビッグローブ 取締役執行役員常務の内藤氏の見解もこれに近く、「犯罪集団からすると、本人を特定できない形であればなんでもいい。本人確認をするだけで必ずしも防げるものではない。それによって失われるものと得られるのもを国民的に議論する必要がある」という。

 ほかにも、MVNOが抱える課題はまだまだ多い。例えば、現状ではネットワークの貸し出し先がドコモに偏っており、KDDIやソフトバンクモバイルのMVNOがほとんど存在しないため、料金プランやサービスの幅には限界が出ている。冒頭で紹介したIIJのプランのように、1Gバイト1000円という相場も、ドコモの出した接続料に沿って料金を算出している以上、こうならざるを得ない面がある。テレコムサービス協会のMVNO委員会では、「MVNOの事業環境の整備に関する政策提言」を取りまとめて、今後の制度改善を働きかけていく方針だ。

 MVNO2.0フォーラムでは、海外の最新事情が三菱総合研究所 情報通信政策研究本部の西角直樹氏より紹介された。MVNOは「西欧平均で10%ぐらいのシェアを持っている」という。北米でも、10%近い市場シェアを持ち、「近年ではデータ系のMVNOも増えている」という状況だ。一方、日本では「通常の意味でのMVNOのシェアは4%」程度に留まっている。ネットワークの事情などを日本と比較すると、欧米をはじめとした海外が必ずしも優れているわけではないが、MVNOによって通信サービスに多様性が生まれているのも事実だ。これらの課題が解決に向かうことを期待したい。