飛行機からタイを見下ろすと辺りはほとんどジャングルだった。飛行機から初めてタイに降りた瞬間の、あのムワッとした熱気と、タイ独特の匂いは今でも鮮明に覚えている。空港にはチームのスタッフが迎えにきてくれる手はずなので、その人を探した。そして「Mr.FUJIOKA」と書いてある紙を持った人を発見した。向こうも気づき「Hello」とタイ訛りの英語で話かけてきた。私は「何で来たの?」と英語で聞いたが、その人に英語は通じなかった。身振り手振りで車の方に連れて行かれ発車した。車内でもほとんど会話はなく、私はタイの街並みを眺めていた。砂埃が舞い、あちこちに野良犬がいて、バイクをノーヘルで3人乗りしている人たち、ボロボロのトタン屋根の家が並んでいた。「これがタイか」と、イギリスとのギャップに驚いた。1時間ほどして、グランドに着いた。チームはタイ3部リーグのランシットFCというチームだ。このチームはタイ1部リーグのバンコクグラスFCのサテライトチームで若い選手が多い。練習着は毎回支給され、終われば洗濯してくれた。チームはすでに練習が始まっていた。そこには日本人の監督もいた。恐る恐る近づき、「こんにちは」と言うと、「どうも、話は聞いてるよ。いつから練習入るの?」と言われた。私は「明日から入ろうと思います。」というと、「ちょっと動いといた方がいいんじゃない?」と言われ、私は1人で体を動かした。練習が終わり、改めて挨拶に行くと、「明日から頑張って」と言われた。宿泊は初め、チームの選手寮に泊まる予定だったが、彼女もいるため、ポールさんの友だちのコーチが近くのホテルを取ってくれた。ホテルと言っても小さいアパートみたいだった。お金を払い部屋に行った。簡易ベッド、シャワー、テレビ、冷蔵庫が置いてあるだけだった。「ここで3週間か」と思ったが、彼女と一緒だったから不安は無かった。日本人監督について気になったので調べると、その監督は元Jリーガーの丸山良明さんだった。タイの練習は日中は暑過ぎる為、基本16時スタートだ。練習場へはタクシーで行った。コーチがタイ語で行き先を書いてくれていたので、それを運転手にみせた。ホテルから練習場までは一本道の為、入るとこさえ見失わなければ行けると思っていた。しかし甘かった。タイのタクシードライバーは全然道をしらない。住所を見せても「こっちだな」と反対に行く。わざと遠回りをしてお金をぼろうとしてくるやつもいる。実際、彼女と一緒にショッピングモールへ行ったとき、メーターの2倍請求されたことがある。「なんで?」と聞くと、ジェスチャーで2人分だと言ってくる。タイではそうなのかなと思い、お金を払ったが、後でコーチに「タイではそうなの?」と聞くと、「そんなわけない」と言われた。人生初のぼられ記念日だ。ただぼられたと言っても日本円にして300円ほどだった。

練習場に着いて、ロッカールームに入ると、そこには私の他に4人日本人が居た。みんなこのチームにテスト生として来ていた。グランドに行くと、他にもアフリカ人や、モンゴル人などの外国人が居た。私だけ練習参加して判断されるのかと思っていたので、ここに居る日本人も含めた外国人と勝負しないといけないのかと思ったが、それならそれでいいやと思った。私もイギリスから来たというプライドがあった。練習は丸山さん指導の下とても厳しかった。なんとか食らいつきながら頑張った。同じ日本人テスト生の中には元Jリーガーの滝澤邦彦さんもいた。さすがのプレーでここに居る選手たちとはレベルが違った。そうして3週間も終わりに近づき、丸山さんから「最後のテストマッチの後に契約する選手を決める」と言われた。その試合は私がイギリスに戻る1日前だった。「これがラストだ、すべて出し切ろう」と心に決め最後のテストマッチへ向かった。