「写真を撮っても物音はフィルムに写されないから、どうせ。」

 

加路はそう言いながら手持ちしている黒塗りの和製マニュアルフィルムカメラのレンズガラスに貼ってある薄いプラスチックシールを剥がし始めた。その場からすっと気配を消すように、写真を化した人類になり切れたように遮ってくる物音を無視して、左利きのはずなのに右手の人差し指を鋭く操って、レンズの表面を擦ってしまいそうに、ちょうど1センチを離れた僅かな距離を保ちつつ、不器用な右手をカメラ本体跨いでそっとやさしく剥がそうとしている。が、オーバーサイズのごく地味な白シャツを着ていることを、加路は忘れている。そのせいか、気のせいか、綻ばれていないボタンが邪魔していて、集中していた加路の気持ちに差し障りが生じるようになった。ボタンのせいにせよ、ゆるめの袖口のせいにせよ、加路は常に誰かに見られることを警戒していた。

 

後ろに立って加路に知られるかどうか全く気にせずにずっと睨んでいる僕のせいにしよう。すべてが僕のせいだ。彼の名前さえ知らずに、この薄暗い工場の管理人として一日12時間以上働いていることも知らされずに、三匹のイヌの飼い主という情報だけは把握しているとおもいきや、四匹だったようで、もう一匹は解明されていないなにやら中等半端な生き物だったそうだ。わたしにはわかるまい。