小説家の高代槇生(新垣結衣)は子供の頃から姉との折り合いが悪く、現在は独身、都内で一人暮らし。姉は結婚していて中学生になる娘・朝(早瀬憩)も居る。槇生は会った事もなかったが、朝を残して姉夫婦が事故で亡くなってしまい、その葬儀の時、周りからは朝を誰が引き取るのか、盥回しにされるのではないか…などのヒソヒソ話しが耳につき、槇生は後先もなく「自分が引き取る」と宣言。慣れない、姪と言う他人との生活の中で、槇生と朝は互いに成長して行く。


同名の漫画が原作(ヤマシタトモコ作)だそうで、映画化されるくらいですから当然結構な人気なのでしょう。特殊な状況から始まる日常系の物語りです。個人的に好きなジャンルですが、乗れない作品が多いのも事実。日常が舞台のため、登場人物のキャラに好感を待てないと興味も湧かない感じになってしまうので、多少の覚悟はしつつ鑑賞しました。

果たして、主人公・槇生の、物事を俯瞰的に捉え、取り敢えず機械的に思考して、相手(この場合主に姪の朝)に箇条書きのごとくに伝える、その感じが好きでした。ましてそれをガッキーが演る訳ですから、セリフと同時に目でも楽しめる、誠に悪くない展開です。それに対峙する朝役・早瀬憩さんもフレッシュで天真爛漫な感じが良かったのですが、いきなり両親が亡くなったのに、そして自分の母親を嫌いだと公言し、葬儀で初めて会った叔母に引き取られた(行き先は自分で選んだのですが)のに、殆ど悲しみや寂しさを見せないって、そんな事あります?

強がっていたにしても…

映画で表現したかった事にそれは不要だったとしても…

なんか納得行かない。

朝の両親が別姓だった事(この説明に時間は割かれてませんが)や朝の親友が同性愛者だった事、槇生の姉は幼少期に病弱でその為必要以上に槇生に現実ばかりを突きつけたらしい事(その為槇生は姉嫌いに)、それらの事は多分原作にある事で、そこではワンエピソードになっているのでしょうし、物語のテイストとして大事な色合いであるのでしょうが、今回の物語には蛇足的な感じがしました。結果、上映時間139分ですが、正直、途中で"長いな"とも思いました。

原作を尊重するのは当然ですが、映画は原作のダイジェストである必要はないハズです。思い切ったシーンカットも大切だけど、監督としては想いを込めて撮影したシーンなのだろうし、いざ編集する段になったら、難しいのだろうなぁ…と同情にも似た感情が湧いたのでした。