2002   白い橋のたもとで

 

 

                 
 

 このコーカサスの山あいの美しき街に、人々に愛された白い橋があった。

やがてそれも破壊され、錆に赤茶け、熱と爆風で捻じ曲がった鉄骨のみが
大国による悲惨な侵略の爪あとを曝している・・。

 

   

                        

 ミーニャ

あの日の君・・
そして風の音に揺れる僕の遠い記憶の風景
いま戦いの赤い橋のたもとで
"希望"という名の
一瞬の・・そんな心温まる、淡い響きにふれる

太陽の陽に照らされ、君の瞳は金色に輝く
風に舞う艶やかな一筋の黒髪

ひとしずくの命、異国の小さな橋のたもと
・・真っ白な花びらに零れ落ちる透明な朝露の

春の香り。



 いつかあの橋のたもとに
じっとたたずむ君がいた 木漏れ日に時は揺れ
白き小さな橋  豊かに青き水は滔々と流れ
川面に浮かぶ 一輪の’待雪草’の白い花の影
遠い旅路の果て あたたかき君の懐で 命は蘇る
君は細き指でそれを手繰り寄せ
大切そうに温かな両の手のひらに包む
ほんのかすかな真っ白き命の息吹・・

目の前に広がる虹の平原の記憶

ああ、温かきとこしえの生命の輝き
樹々は紅の夕陽を柔らかく閉ざし
永遠に蒼き天空の風を
君の胸元に注ぐ

可憐な白い花は
乙女の儚い命と引き換えに深紅の花となり
ささやかな愛の物語の扉をひらく・・

あの橋がいつか紅くなった・・

春の陽光に照らし出されるのでもなく
欄干の渡り鳥の
悲しげな涙のせいでもなく
秋の夕霧に映えるのでもない

美しき緑の村々は、いつの日か灰色の廃墟と化し
若者は乙女の知らぬ遠き場所に姿を消したまま

恋の契りは ”希望”という名のあの白い待雪草の花の絨毯だけを残して
はかなくも潰え去った

美しき黒髪の風に揺れる
あの橋のたもと
悲しみの紅い陽炎と伴に・・


狂った時の歯車
遠き日々・・僕の知らぬ世界の灰色の風景
時のとばりに
そっと閉じられた瞼
黒く艶やかな睫毛(まつげ)が振るえ
一しずくの透明の宝石のような涙が
欄干を紅く湿らす

昨日もこの時間
君は頬を陽に照らされ
何かの詩を口ずさむかのように
茫然と川の流れに見入っていた

愛の詩 悲しみの歌 
透明の時の流れに僕はそっと彷徨い込む
君が優しく微笑んでいた
幸せの日々を垣間見たくて・・


あの日、崩れ落ちんとする街の紅い炎
橋の袂(たもと) 君はぼろきれの様になって
黒い瞳を見開き 狂ったかのように
じっと川面を見つめていた

幾年かが過ぎ去り
乙女の涙は涸れはて
過去の僕の幻影と同じように
君の棲んだ瞳は虚ろになり
悲しみの詩を
こぼれるように口ずさむようになっていた

僕は遠くの空から
君に一輪の’待雪草’の白い花を届けたくて
風のそよぎ そして静かな川の流れに託した
花はその白い橋の下で
何故か赤く輝いて君の心に留まり
君の手のひらのぬくもりの中
そっと小さな命の灯が
注ぎこまれた

君と、大空の鏡の向こうの
僕以外には 誰も知る筈(はず)もない
胸をつぶし 心のつても涸れ果てた
時を越えた 真実の詩

僕がいつしか 雪原の白豹となり
冬の星空に吹きすさぶ風のように
生と死の狭間を好んで住処(すみか)とし
人の温もりを忘れていった頃

異郷のあの橋の袂(たもと)
君は瞼を閉じ ひとり
こぼれるようにして
乾いた 真実の愛の詩を
口ずさんでいた・・

・・何故、あの日あの時を選んだのだろう
決死の覚悟で ただ故里の当たり前の
風景を取り戻したくて

恋人は 既にこの世になく
かといって それを怨(うら)んでのことでもない

そんなに命は 希薄になってしまったのか
否(いな) そうではなく
幾重にも 
愛と哀しみの風雪を
かさねすぎてしまったが故に

肉体の若さだけで耐えるには
すっかり重くなりすぎてしまった・・

だから虚ろな日々を
終わりのない恐怖と闇
愛する人々に見舞われるこの悪夢を
解く 小さな石の波紋になれればと

残された罪のない人々 そして未来の子供達のために
この自分に出来ること
残された命の価値
宿命って・・ 
もしかして
こんなことなのかもしれない
少し淋しいけど・・

涙なんて
とうの昔に涸れ果てて
一人ぼっちって
こんなことなのかもしれない

空高く星空を舞う冷たい風
命の灯火(ともしび)
小さな家々の煙突から
夕げの煙舞う
故里のあの母なるコーカサスの山々の
優しい風になりたい・・


君は そう詠ってひとり橋を去っていった・・


僕は何も聞かない
でもその橋が赤くなったのには
何かわけがあるのだろう
きっと僕達が招きよせた不幸に
似たものだろうと想う

 

 

 兵士

・・故郷に愛する母を一人残し、軍に強制召集され

地獄の訓練を経たのち、僕は戦地に赴いた


君の知らない時代 僕がまだ若かった頃
青春という言葉すら知らず
村々を炎と焼き尽くし
人は人でなくなっていった
何の理由も見出せない殺戮と破壊
若さゆえ野に一片の詩を
思い浮かべようにも
浮かぶのは取り返しもつかぬ
冷たい懺悔(ざんげ)の涙のみ

やがて生と死の意味が見出せなくなった頃
僕は短くも長い悪夢の通過儀礼を終えて
戦地を後にした 
待っていた故郷は 何事もなかったかのように
緑豊かで 街ゆく人の表情にも
翳りもなく 何故か僕だけが
暗黒の世界に取り残されるようになる

そう その頃からか
メフィストが
僕のもとに
親しげに通いつめるようになった

あの君のたたずんでいた紅い橋からは
そんな・・
遠い時代の僕の犯した
闇の情景が想い浮かぶ

・・君の閉じられた瞼
美しく艶やかな黒い睫毛に
小さく溢れでた透明の涙
そこに映る虹色の愛と希望、

そして灰色の苦しみと絶望

万華鏡のように 今は
君の破れ果てた心の翳(かげ)が

あの出会いの泉の
氷の上に照らし出されるのが
空高く 冷たい風の音に身をゆだねる
僕の心にもよく見える

だから できることなら
君の乾ききった哀れな胸に
大空の風のそよぎを
そして一輪のけなげな白い花の夢を
届けたくて・・



 あの日 ラジオからは 家族を守り
国を愛し 国のために尽くすのは
若者としての義務 
法に従い 誇りを持って戦いに赴(おもむ)こうと・・
得意げに そう奴らはがなり立てていた

緑の大地  蒼い空高く一片の雲が舞い
小鳥がさえずり 野に美しい花の絨毯
あたたかな異郷の豊穣・・

その静寂の中、やがて待機させられた村で 
″掃討作戦・・” の命が下る
それって、いったい何だ・・。

目の前で 突然
炎が舞い上がる 人々の泣き叫ぶ声
味方のヘリがやがて上空を通り過ぎていく
それを皮切りに
この世のものでない地獄絵が展開される

″ ゲルニカ ”  いつか美術館で
スペインの画家の絵を見たことがあった・・。

どこからともなく銃弾が飛び交う
誰かが言う 撃ちまくれ 敵はすべてその中だ

村ごと焼き尽くす
女 子供 ともども・・
彼らと生きた花も緑もすべて

夫を失い 子をなくした女
母親を殺され
まだ若い息子達を連れ去られた人々の
悲しみ そして怨恨(えんこん)をすらも 

じっとうつむき耐える人々の目・・

そしてあの日の若かった僕に向けられる
哀れみの眼差し

人としての一片の・・迷いがあったら、
そう、幻覚剤に頼るのが一番
何もかも解決してくれる・・
夢からさめると
一切が終わっている
逮捕、拷問、殺戮・・。 まるで悪魔の仕業だ。

我に返り
自分も関わり手を下したその残忍な光景を見て
何度か
反吐(へど)を吐く
もう二度とは後戻りできない
いまさら もう 永遠に・・

そうやって一歩一歩
僕は地獄に慣れていった

‘掃討作戦’  あの地獄の中
生き延びる為 いやひとの残酷さに慣れるため 我々がしでかしてきたこと
’それが戦いなんだ’と・・ 
残された良心の欠けらなどというものが誰かに
在ったなら その哀れな輩(やから)に
・・そう言い聞かせてやる 

ミサイルの攻撃
あの下に僕たちはいた
頭の上を巨大な化け物が轟音を上げて飛んでいく
我々を守る為のはずが・・何故か
少し先の人々の逃げ集まった地下壕の
上に着弾した  僕はただ茫然と見ていた
地響きと伴にオレンジ色の炎が
上空に舞い上がる
一瞬のこと・・
何十人、いや何百人もの罪のない人々の泣き叫ぶ声
耳を劈(つんざ)く爆音と共に、すぐにそれは静かになった
家々は跡形もないまでに崩壊し尽くされ、

そこにあった命は、そう、・・’殲滅’(せんめつ)される。

あの化け物兵器は、いったい幾らで戦争商売人から手に入れたのか
多くの女やこどもを殺戮すれば
充分にその値(ね)にあたいするとでも・・

 我々誰もが身に覚えのあること
仕方のないこと
戦いではどれもこれもありうること
そうやって、戦地では
何度も反吐(へど)を吐きながら 誰もが 悪魔のささやく言い訳を
自分に言い聞かせてきた・・

 

 残酷に慣れる様に、人間以下になるために、

上官から顔の形がなくなるまで殴られ蹴られ、

あらん限りの汚い言葉でののしられた。

’おまえは、豚以下だと・・。’

それが、部隊の中での公用語であった。

前線に出れば、動くものは全て撃ちまくった。

・・そうだ、僕たちは、もう獣以下だった。



そうやってある頃から
僕達はメフィストと
地獄の契約を結ぶことになっていく

 

  あるうららかに晴れた春の日

僕はそんな人としての不始末を’清算’したくて

ひとり戦線から飛び出した そしてかつての仲間たちから

追われる身となった  しばらくののち、

僕は微かな笑みをもって 彼らの前に姿を見せた。

 

 何処かの寂しい沼地で 僕は親しかった戦友の手により

白いスカーフで 視界を閉ざされた

そして一発の銃声ののち そのまま静かになった 

僕は広い灰色の雪原を見下ろしながら

静かな風のささやきの中に溶け込んだ

これで永遠に自由になれる・・、と。 懐かしい母の顔が心に浮かんだ。

 

 

 

  ・・再び ミーニャ


・・あのうららかな春の日々 
君は週に何度も 村からその橋を渡り
街の市場へと向かっていたんだろう
川辺には花の絨毯
時々愛らしい小動物が君を迎える
朝露に欄干はしっとりと湿り
川の流れはきらきらと霧の中
黄金色の光を照り返す
小鳥のさえずり
川のせせらぎ
 愛すべき我が豊穣の大地

橋の袂(たもと)で若者が君を待っている

いつか 白い花咲き乱れるあの泉に

仔馬を引いて一人やってきていたひと


軽くひょうきんな微笑で首をかしげ
そっと野辺の花の束を君に差し出す
そして出会いのあの日のように
君に優しく語りかける
緑の木々に小鳥が歌い
何故か心躍る 
若者と二人きりの
橋から市場までの春の小道

陽だまりのような忘れがたい 小さな時の流れ

マリオネットのピエロのように
手振り身振りを交えて
どれも何故か真剣な表情で
この瞬間は二度と来ないといわんばかりに

おかしな話
何だか難しい政治の話
素敵な詩も時々思いついたように
君の耳元で囁いてくれる

高い鼻 金色の長い睫毛(まつげ)
大きくて澄んだ
吸い込まれるように情熱的な青い瞳
君だけに注がれる
優しい微笑み

真剣に宙を見つめる
若者の表情が君は好き

おかしくて
切なく・・何故か不安で
とても恋しい 私のイリーニャ

時々触れる腕の温もり
でも、若者は市場につくと
その場にたたずむ君を残して
ひょいと手を振って
どこかに消えていく

君は’待雪草’の真っ白な花束を見つめ
ふっとため息をつく

でもまた会える その日の
素敵な若者の詩が
楽しみ・・
うららかで平和な村
素敵な青春 幸せな日々
神様・・素敵な贈り物
ありがとう
君は瞼を閉じ
胸にそっと手を当てる


そんなふたりのささやかな幸せの日々


いつものように心を躍らせ
君はあの白い橋に向かう

若者のための手編みのスカーフ
ちょっと高鳴る胸の鼓動

あの人は隠れているのかしら
きっと腕一杯の花 私の目の前に
飛び出して驚かしてくれる

ひょうきんな仕草で
ちょっと首をかしげて・・
人を思いやる優しい青い目

でも時々
何かを憂う
淋しそうな横顔
私には見せまいとする
その深い瞳に隠された想い

あなたのその苦しみの
ありかが知りたい
こんな私にも出来ることなら・・

ともに分かち合いたい

今日のお花はどんな色?
素敵な薫りでしょう
氷菓子のように甘酸っぱいのかしら

でも何故か少し不安
私がこの橋を渡りきるまでに
きっと顔を見せてくれるわ
だって いつものように
可愛い小鳥がさえずり
空はこんなにも青く
川のせせらぎは
あんなに清らかで
希望の歌のよう・・

遠くに何か雷の響くような音
でも、いつものように青空で
野辺の花は真っ白で美しい・・


あれからもう数ヶ月
あの人は来ない
橋の袂
こんなにもお花は綺麗に咲いている

君は若者のいる村に向かう
遠く淋しい道のり
あの人は私のために
この野道を
橋まで歩いてきてくれた・・
一人で愛の詩を口ずさみながら

やっと辿りついた若者の村
見渡す限り
砕けた瓦礫(がれき)の山 誰もいない
土色の廃墟
風だけが音を立て
立ちすくむ君の前を
むなしく通り過ぎていく
野に花はなく ただ残るは
黒く焼け焦げた草むら

君はひざまずき

若者のために編んだスカーフをそっと置いた

あの日の遠い雷鳴
悲しく恐ろしい夢

若者は何処に・・
この悲しい風の音は何故?
朽ち果てた若者の愛と夢の
弔いの歌 ・・・


そしてあの日あの時、君は
怒涛と恐怖、蔑(さげす)み、そしてわずかばかりの哀れみ
衆目の見守る中
君は雪の舞う異郷の野に
あの”希望”という花言葉の一輪の白い花と伴に、
ひとり散っていった・・。     

                                         

                 ( ミーニャ、そして若い兵士の魂のうた )
 

 
 
 
 
 
 

 

誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語

 

 

 

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