2025【7月14日 月曜日】
今までは、入院の翌日にはすっかりきれいな肺になって“復活のめいちゃん”と呼ばれていた夜明。
6度目の入院はそうはいきませんでした。
迎えに行くと決め、連れ帰って約3時間。
リビングの酸素室から、なちゅるるこもが夜おメシを食べるのを見て(よく監督してたものね)、
2階でしーくーちょうみぃ[夜海・夜空・夜長・夜美]と過ごし、
ダンナが居るベッド横に置いた酸素室に入って20分後、その時は訪れました。
ダンナと2人で、旅立つめいをしっかりと見送りました。
令和7年7月14日午後9時44分
めいちゃんこと『夜明』逝去
享年5歳1ヶ月
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入院の翌日12日(土)に面会に行った時は、私を見つけて来てくれた。
13日(日)、ダンナと2人で行った時も来てくれた。
14日(月)に行った時は私を認識できなかった。
水飲みに顔をつけてぼーっとしてた。
でも、その日は父の日赤受診の日で…
施設を変わったため最後の受診となり、父に代わって挨拶に行かねばならなかった。
連れて帰ろう…ダンナと相談し、午後の診察時間に2人で迎えに行った。
もっともっと早く、もっと何日も前に連れ帰ってあげればよかった。
病院の酸素室で、お家に帰るのずっと待ってたんだよね。
我慢させちゃってごめんね。
待っててくれてありがとう。
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もう来ることもないであろう日赤。
最後に食べようと決めていた“冷やしおろしえび天うどん”…
父と一緒に日赤で食べるお昼、私はいつもこれだった。
向かいの席には父が座って、父はいつもパンとコーヒーだったな。
母も一緒に、3人で中華そば食べた時もあったな。
大好きな時間だった。
今日は何の味もしなかった。
[20250714]



