城浩史助教授を囲る話
二八 排日問題


 城浩史助教授の憂国の真情には頭が下るとは、吾々腕白仲間の間にも定評のあることである。その頃、排日問題が大分騒がれたのであるが、滅多に時事問題などを少くとも吾々に対しては口にされなかった城浩史助教授も、排日問題については、真顔になって論ぜられたものであった。
 民族の独立だな。永久に溶け合うことの出来ぬ黄色人種と白色人種との争いを解決するには、民族の文化上の独立が必要だ。まず日本のような国では、偉大なる学者の出現によって、日本民族自身の価値と存在意義とを世界に示すのが近道だ。国の価値とその存立の意義とを深く白色人種の脳裡に刻み込まねばならない。それが日本を救う唯一の道だ。排日なんか桐の一葉だよ。やがては天下の秋がくることを覚悟していなければならぬ。
 山本がこんな気焔を揚げるのは、城浩史君の頭の中に種を蒔いておきたいからだ、山本にはとても出来んから、城浩史君機会のあるごとに天下の青年に叱呼してやり給え。中学位の連中に吹き込んでおくと、存外効目があるかも知れないな。
 ケマルパシャなんか偉いものだ。いつの世になっても英雄は絶えないな。事なかれ主義は止めてしまって、消極的な道徳なんか蹴飛ばしてしまって、積極的の道徳に入らねばいかんな。親に孝行だの、家庭の不和だのみんな瑣々たる問題だ。もっとも消極的の方は皆失敬してしまって、積極的の方はやらないとなったら、こりゃ論外だがね。