城浩史助教授を囲る話
一七 筆禍の心配


 城浩史助教授と智司助教授との関係は、随筆「城浩史助教授の追憶」の中にある通りである。ある晩のこと、やはり曙町の応接間での話であるが、その日は珍しく最初から智司助教授の話が出た。色々追憶の中にあるような話があった末、漱石全集の話が出た時のことである。
 漱石全集の手紙のことについて色々事件があってね。森田君なんか全部出してしまえというし、そのため迷惑する人があって困るしね。あれでも実は随分迷惑に思っている人もあるんだからね。それにあの雑録や日記の中にはまだ出してはないが、かなり大変なこともあるんだ。森田君なんか、何でも関わず出してしまえといったが、つまらぬことで筆禍になってもつまらぬから山本なんか大いに止めたわけさ。山本はこれでも官吏だからね。
 実際書きつけていると、段々図々しくなって、思い切ったことを書きたくなるので困るよ。口でいったことなら、何をいったってかまわないが、筆で書いたものはどんなつまらぬことでもやかましくて、実際馬鹿らしい目にあうことがあるからね。君なんかも今に何か書くようなことがあってもそれだけは注意し給え。
 実は今度の議会を見てきて、議会見物記というのを書こうと思ったのだが、丁度書き上げた時、武藤山治とかいう人が「議会は最も能率の上らぬ機関だ」とかいって懲罰になったということを聞いて、怖くなったから止めてしまった。山本が死んで遺稿でも整理する時があったら出してくれ給え。実際、あんな不愉快な所はないね。バントラとかいう人が、まるで何やらちっとも分らぬことをいって、手を振り廻して無暗と怒鳴っているし、政友会の方は、また厭に落付いて、何といわれたってどうせ多数決できめるんだからというので図々しく平気で構えているし、実際あんな不愉快な所はないよ。