深く眠っている時は大脳が一様に活動を休止し、覚醒しているときは目覚め続けているように思うかもしれませんが、睡眠にはしばしば空間的もしくは時間的な“ムラ(ばらつき)”が生じることが知られています。
空間的なムラの一例を挙げれば、眠る直前に右手に数時間にわたって感覚刺激を与えると、その後の睡眠中に左の頭頂葉中心部(右半身の触覚や痛覚、温度覚などの体性感覚を処理する領域)の徐波(深い睡眠の脳波)が増加することが実験で示されています。
このように“覚醒中にしっかり働いた脳領域が深く眠る”という現象は異なる課題を用いた幾つもの研究で追試され、この現象を「局所睡眠」と呼ぶようになりました。
睡眠の最も重要な機能の一つは覚醒中に蓄積した疲労の回復(睡眠恒常性)ですが、局所睡眠はまさにそれが大脳皮質のブロック単位で行われていることを示しています。
局所睡眠はもっと極微の世界、直径300〜500µm、長さ2〜3mm、神経細胞が数万のユニット(皮質柱)単位で生じているのではないかとの仮説もあります。局所睡眠については「局所睡眠:実はよく使う場所ほど深く眠っている脳」でも解説したのでご参照ください。
片側の大脳半球が眠り、対側の大脳半球が覚醒している「半球睡眠」も空間的なムラの一例と言えます。半球睡眠をする動物としては渡り鳥やイルカが有名ですが、クジラ(マッコウクジラ、ザトウクジラなど)やアシカやアザラシの一部など多くの動物で観測されています。典型的な半球睡眠までは至らなくても、左右半球で睡眠の深さが異なる現象はより幅広い動物で認められています。
人でもそのような現象が観察されています。例えば、就寝時に緊張(警戒)しながら眠ると右利きの人であれば逆の左半球が外部刺激に対して覚醒しやすいことが分かっています。(「左脳は「夜の見張り番」、“枕が変わると眠れない”わけ」)
このようなことから、局所睡眠と半球睡眠の間には機能的に、もしくは発生学的に関連があると考える研究者もいます。局所睡眠を取るか、半球睡眠を取るか、進化の段階でその動物にとって淘汰圧を乗り切りやすい眠り方を選択した(生き残った)という仮説です。
局所睡眠や半球睡眠は脳部位による眠りの深さの空間的ムラ(ばらつき)であるのですが、昼夜で覚醒と睡眠が混在する時間的なムラも生じることがあります。
夜間睡眠中に見られるノンレム睡眠の深さの変動や中途覚醒もその一例と言えます。不眠症などの睡眠障害に限らず、健康な人でも十分な睡眠時間を確保していれば、自然な中途覚醒が数回程度生じることがアフリカの狩猟民族や電化されていない現代人コミュニティの睡眠調査で明らかになっています(「昔は良かった? 照明がなければ人は長く眠れるのか」)。
また、健康な人の睡眠脳波を測定していると、数秒程度の覚醒脳波を認めることがしばしばありますが、この程度の短い覚醒は翌朝ほとんど記憶していません。
このような自然な中途覚醒は齧歯類などで睡眠と覚醒を頻繁に繰り返す「多相性睡眠」の名残と考える研究者もいます。また上記の「夜の見張り番」が働いているためかもしれません。つまり空間的ムラが時間的ムラを引き起こす可能性です。
一方、日中にも時間的なムラが観測されますが、こちらも厄介です。自分では連続して目覚めていると認識していても、ごく短時間の脳波上の睡眠状態が混入する現象が観測されているのです。例えば、睡眠不足時にデスクワークをしていて寝落ちをしてしまうことがありますが、それがごく短時間(数秒程度)であると「寝ていた」と認識できないのです。これは覚醒のムラとでも呼ぶべきかもしれません。
脳波を使った睡眠と覚醒の判定では通常30秒間を1ブロックとします。つまり、その30秒間に覚醒時脳波(α波やβ波など周波数の高い脳波)と睡眠脳波(θ波やδ波など周波数の低い脳波)がどれだけ含まれているか調べ、その比率で睡眠と覚醒、もしくはノンレム睡眠の深さを決めています。
健康人がしっかり目覚めていれば覚醒時脳波で30秒間が占められるし、熟睡していれば睡眠脳波で埋め尽くされます。ウトウトの半覚醒状態では両者は混在します。
だが、現在人の睡眠問題を評価するには30秒間隔の睡眠覚醒判定では長すぎるのです。従来法では「覚醒」と判定される状態でも、特殊な基準で睡眠覚醒の判定ブロックを細分化すると最短で0.5秒程度から数秒程度のごく短時間の睡眠状態が確認でき、これを「微小睡眠」と呼びます。睡眠負債を抱えていたり、交替勤務明け、単調な長時間運転時など刺激の乏しい条件では、自覚的には目覚めていても微小睡眠が頻繁に混入してくることがあるのです。反復睡眠潜時検査や覚醒維持検査など眠気(覚醒度)を測る検査はすべて30秒間隔の判定法を用いているため微小睡眠をキャッチできないのです。
これらの睡眠や覚醒の空間的、時間的なムラを考えると、現在用いられている脳の6カ所の脳波を30秒ごとに測定する睡眠ポリグラフ検査は実に“ざっくり”としか睡眠覚醒状態を判定できていないことが分かります。数秒の微小睡眠であっても大きな交通事故のリスクになることは容易に想像できるし、実際にドライビングシミュレーションや実車試験でも微小睡眠の危険性は証明されています。
また微小睡眠は認知パフォーマンスの低下にも直結しますが、日中の眠気を疑って病院を受診しても現在の臨床検査では「過眠症状なし」と判定されてしまうケースもあります。睡眠不足など原因が明らかであれば睡眠習慣を見直すことで微小睡眠は軽減しますが、一番困るのは検査で異常がなかったと安心して眠気を放置することです。
非常に多くの患者さんの診断をする臨床現場では簡便に測定できることが大事な要素なので、今後も睡眠ポリグラフ検査はしばらく重用されると思いますが、研究領域ではより高密度(多チャンネル)の脳波計での脳波測定やその周波数解析、脳磁図、機能的MRIなどを活用して空間的、時間的解像度の高い手法を用いた睡眠評価が一般的になると思います。
その手法が臨床に展開できれば、ご本人が生活上の支障を感じていても現在の基準ではキャッチできない睡眠と覚醒のムラが同定できるようになるかもしれません。また、過眠症や不眠症などの睡眠障害をより精緻に重症度判定したりタイプ分けすることで、診断や病態解明にも進展が期待できます。