散歩って、予想以上に体に良いのではないかと感じてます。

おすすめですよニコニコ
自然は得たもの、得ようとしているものに対して必ず代価を要求してくる。

もし欲しいものがあるのなら、僕にはその代価を払える用意があるだろうか。

もし無いのなら、決して欲しがってはならない。

手に入れた途端、自然は僕の体からその代価を奪い去っていくだろう。

人の役に立つ事、人の助けになる事。

それは自分を助けていることと同じなんだと思います。
昨日は、布団に横になって寝付けなかったものの、

今日は、太陽の光を頼りに一日乗り切りますビックリマーク

徹夜明けは太陽光浴びると、多少エネルギー充電されますビックリマーク

成功に向けて今日も一歩だ!!!!!!ふんが~ビックリマークとりあえず飯ビックリマーク
人間って昼間と夜間で考えてることが大きく変わりますよね。

夜間は感覚が鈍ってるせいか、どうも非現実的な考えになりがちです。

同じ問題、悩みでも、朝に考えるのと夜に考えるのとでは随分と重みが違います。

夜の悩みを、次の日の朝に考えてみると、

「なんだ、こうすればいいじゃん」

って思うことが良くあります。

やっぱり、早寝早起きにはそれなりの理由があるんですね。

今は夜の中の夜です。早く寝なさい!!

おやすみなさい星空
よく、知識量の勝負魂みたいな精神を持っている人がいます。

こっちが少し聞き慣れない用語を使うと、

相手は「自分はこんなことまで知っているんだ」と言わんばかりに、

僕の知らない用語を多用してくる。

相手の知らない言葉を羅列することで、優越感でも得ているのでしょうか。

それとも身を守ろうとしているのでしょうか。

ものをたくさん知っている。

これって素晴らしいことなんでしょうか。

あまりものを知らない。

これって恥ずかしいことなんでしょうか。

相手が自分の知らない言葉を使ったから、知識遅れにならないように後で自分で調べる。

これって、相手に振り回されてませんか?

なぜその知識が必要なのか分かってますか?

「誰かがこうしているから自分もこうする」

そういう考えで動き続けている限り、自分は無いように思います。