僕は、考え方こそが人生を左右すると言っても過言ではないと思っています。

考え方には大きく分けて3段階あります。

①事実の把握

②事実の分析

③結論、決断、実行

これは、あの大哲学者アリストテレスも実行していたものです。

この考え方に出会ってから、僕の考え方は大きく変わりました。

想像してみてください。

「午後の昼下がり、営業でこの辺りを回っていたが、

少し眠気も差してきたので喫茶店にてコーヒーでも飲む事にした。

店内には、大型のテレビが設置してあり、高校野球の中継をしていた。

席についた私は、メニュー表を手に取って、ウエイトレスが来るまでにコーヒーの種類を考えていた。

種類が決まり、ウエイトレスに注文を付けると、コーヒーはすぐに運ばれてきた。

カップコーヒーにミルクポット、シュガーステッィク、マドラーがついてきた。

ミルクを入れようとした私だったが、野球の試合が大きく動いたことに気を取られてしまい、

ミルクを服にこぼしてしまった。」

ここまでを読んでみると、人によっては

大事なスーツが汚れてしまい今後の営業に支障が出てしまう。クリーニング代が無駄にかかってしまう。

一端、帰宅して予備のスーツを来てこなければならない、時間はかかるし、交通費もかかる。

そうすると、次の営業の約束時間までに間に合わない。営業ができなければ、後で上から叩かれる。

などなど、今後の成り行きが悪くなると思われるかもしれません。

今ここで述べたのは、3段階の考え方の内、①②番目の「事実の把握」「事実の分析」ということになります。

さらに言えば、消極的な「事実の分析」ということになります。

消極的な分析があるのなら、積極的な分析もあるのですか?と言われるかもしれません。

もちろんあります。

ミルクをこぼしたことによって、ウエイトレスがハンカチを貸してくれるかもしれない。

後日ハンカチを返すことによって、彼女と仲良くなるかもしれない。

それをきっかけに、以後その喫茶店が良い気分転換の場所になるかもしれない。

自分の注意の浅はかさを学び、次からは気をつけるようになるかもしれない。

ミルクをこぼすこと自体、気が抜けている証拠であり、

一端家に帰り服を変えることによって、気分を新たにすることができるかもしれない。

それによって、次の営業で大口の契約が取れるかもしれない。

などなど。考えれば、たくさんあります。

大切なのは、「ミルクをこぼした事実には本来良いも悪いもない」ということです。

これはミルクに留まらず全ての事実に当てはまる事です。

評価するのは、当の本人次第だということです。

もし、一つの事実に対して積極的分析と消極的分析が同じ量だけあるとしたら

積極的分析の道を選択する人間になりたいと思いませんか。

僕は、そうなりたいと考えています。