3月に久々に訪ねた応声教院山門。

昭和29年9月17日に重要文化財に指定されました。

江戸前期(1615-1660)頃の建築とされますので、重文指定はこの頃なのはわかります。

重文は、近世の社寺建築への指定が京都や奈良、鎌倉などの古都やその影響の濃い地域以外の地域で広がって行くのは主に昭和25年の文化財保護法制定以降です。

階段は、大正11年に竣工したようです。

これ以前は、石段だったのか、土だったのか。

大正11年と時代がはっきりしている階段というのもさほど多くないので、国登録有形文化財でもいいのではないでしょうかね。

良い寺院なのですが、掛川駅からは離れていることもあって訪れる客も多くはないので、少しそういうことで人が興味を持ってくれるような境内整備を進めるといいような気がします。

 

立派な門です。

三間一戸の門。

概要は

https://www.city.kikugawa.shizuoka.jp/shoukoukankou/oukoekyouin.html

ここに書いてありますが、

この門は、徳川秀忠が静岡市の宝台院に、寛永3年(1628年)に建てたもので、大正7年(1918年)に現在地に移築されたとあります。

 

ちょっとねじれてきているのが気になります。柱がまっすぐであれば本瓦葺きの重い屋根である程度安定しますが、ねじれてくると厳しいですね。

八脚門と紹介されているものもありますが、八脚門は中央に本柱があって前後に二本の控柱が並びますし、四脚門は同じく本柱の前後に一本の控柱なので、八脚門ではないように思います。薬医門に似ていますが、薬医門は棟と柱間がずれますし、境内側に本柱があって主な荷重を受けています。ということで、8本の柱で建つ大型の門は、ありそうで一般的ではない門だということがわかります。

 

玉井先生の本はわかりやすいです。