私は本日11月4日で骨髄移植後31年を迎えました。
私が慢性骨髄性白血病の慢性期(CML-CP)と診断されたのは1993年12月の事でした。当時はインターネットも無く、私はCMLについて国立国会図書館の医学書で勉強ました。そして、まさか運よく骨髄移植で完治できるとは思わず、自分の生命はあと3年である事を悟りました。
当時、慢性骨髄性白血病の治療薬はなく、また運よく骨髄移植を受けられるのも、ほんの一部分の人に限られていました。
生きられない事への辛さはもちろんですが、それよりも周りの人が余命幾ばくもない自分を受け入れてくれるのかどうかが、大変不安でした。まずは両親に、病気の事を話さなければなりません。そして友達や職場の同僚に自分の予後を伝えたら、それを受け入れてもらえるかどうか。とても話す事はできませんでした。
周りが余命幾ばくもない自分を受け入れ、「生きているうちにこれをやっておいたほうがいいよ」といった具合に、自分にアドバイスをしながら応援してくれる人は何人いるのか・・・・。そういう意味で、大変孤独な時でした。
そして1994年、たった一人の兄弟と偶然HLA型が一致し、骨髄移植が決まった時、60%の確率で生存できる事が分かりました。そして新たに分かった事は、骨髄移植を受け命は助かったとしても生殖細胞がダメージを受け、子供が得られなくなる事。
人並みに家族が形成できないという、その後の人生の中での新たな問題が発生しました。
あれから31年・・・・。骨髄移植は障害が残ったもののまずまず成功。移植をして4年後に結婚した妻と、老後への不安を抱えながら生活をしています。
柴田昭・真田雅好編『白血病の臨床』(1991年 新興医学出版社)104頁、図41より

