2008年北京オリンピック開幕を前に、四川省に到着。
被災地の一つである都江堰(とこうえん)に入る。
成都からはバスでおよそ1時間。
到着したバス停からして、いまだ崩壊寸前である。

町の繁華街は壊滅的な状態で、3ヶ月経った今も、がれきの山が積み上げられたままだ。
今にも崩れ落ちそうなマンションの下で、洗濯物を干す住民。
崩壊したビルの柱から、鉄を拾い集めて生活費に充てている人。
しかし、途方に暮れるようながれきの山の中でも、住民たちは努めて明るく声をあげている。
「起こったことはしょうがない。やるしかない」
「この街はこれからもっと大きくなるんだ」
大きなハンマーで柱を叩きながら、半裸のおじさんは笑って答えた。

がれきが多いのは、重機が間に合っていないとの話もある。
都江堰は1000年以上の歴史を持つ古い町だ。
近年の急激な都市化により、中心部では古い住居の間に高層のビルが入り組むモザイク型の都市となっていた。
そのため、細い路地が多くが入り組んでいるところには、どうしても重機は入れずらい。
また、重機を使うよりも人手の方が安上がりということもあってか、
この3か月間、特に住宅地なのでは、ひたすら人力によるがれきの撤去作業が続けられてきたという。
都江堰はそれでもかなりましな方だという。
大通りには人があふれて、がれきの中、たくましく商売を続けていて、
復興への確かな足音が聞こえてきた。
実は、中国政府は海外からの支援を受け付けているような体面を装ってはいるが、実際は支援するNGOなどの活動は厳しく制限されているらしく、支援場所も四川政府が指定しているのが現状だという。
つまり、ある程度の被災地での活動は許されるが、本当に悲惨な現場には、外国人は立ち会わせないという方針らしい。
こちらで出会った日本のNGO団体は、政府に隠れて成都北部の少数民族の村への支援を続けている。
同行を願ったが、いらぬ波風を立てて支援の手が止まるのを恐れてか、固辞された。
まずカメラの持ち込みなど言語道断のようだ。
このNGOの活動は住宅再建と耐震・免震住宅の教育だ。
しかし、住宅というものは、その土地の文化や歴史、習慣が詰まっているもので、近代的な免震住宅をそのまま持ち込めば済む問題ではないという。
伝統的な建築工法と免震技術の融合を図ってこそ、本当の支援となるのだと語る。
特に少数民族の村では、一生をかけて一つの家を造ることが多い。
そのため、レンガ一つ、柱一本とっても、彼らにとってはかけがいのない財産である。
現地の風土、文化、習慣も知らない者が、それらの財産をすべて捨て去り、一方的に近代的な住宅に押し込めるのは、横暴以外の何ものでもない。
ほんの数十秒の揺れが、なんと大きなものを崩し、大きな問題を浮き彫りにしたのか。
オリンピックで沸き立つ中、必死に明日の糧を得るために這いずりまわる人たちも厳然としている。
大国中国の光と影をまざまざと見せつけられた。
