毎日続ける習慣というか、ルーティンというものが無い。

無いというより、好きでは無い。

 

好きではなかった。

 

旅を始めて毎日のように新しい街、新しい風景、新しい出会いの日々だった。

それが楽しくて永遠に続いて欲しいと思った。

毎日いつも違う。それが最高の人生だと思った。

 

タオ島でダイビングインストラクターで8年。

海の中は毎日違った顔を見せてくれた。飽きなかった。

島での出会いもいつも新鮮だった。

 

よくよく考えたら、毎日が新しいのは、自分ではなくていつも周りだった。

自分の周囲が変わっていく中で、自分も同じように変わっていると勘違いしていた。

 

 

日本に帰ってきてから、自分はずっと前に進んでいない。
止まったままだ。やりたい事は頭に次から次へを沸いては消える。

行動を起こしても続かない。すぐ冷ややかな目で自分を見てしまう。

きっと家族や友人は僕を応援してくれるのに、

自分が自分の一番の批判者になり、僕の行動にいちいち誹謗中傷をする。

心に傷を負わしてくる。

 

周りは毎日変わっている。

変わっている周りが自分を変えてくれる事は無い。

 

「自分が変わる」「お前が変わらないと行けないんだぞ」

ボロ雑巾のような言葉。

これでは響かない。

 

僕は僕を無視することにする。

 

 

 

 

 

 

 




これまでブログが続いたことがない。

 

ブログは記事で、記事なら誰かに見せるもので、

誰も見ないなら書く必要があるのか?
見る人がいないから書かなくなる。

 

SNSのイイね。フォローに疲れた。

 

疲れたというより頭がおかしくなっている。

 

コロナのおかげで塞ぎ込み、

家から出なくなり、

人との接点も減って。

 

SNSばかり見ていると、自分とは全く関係ない世界の話が、

キラキラと見えたり、訳も筋合いもなく嫉妬してみたり。

 

ひねくれた考えばかりで頭が一杯になり、

行動することができなくなり、

気がつけば何もしない1日が積み重なっていく。

 



寝れない。だから心療内科で導入剤ももらっている。

これが無いと夜は地獄の時間になる。

 

昼は今でもSNSに脳味噌が毒され続ける。

テレビの生放送は、何か自分と同じ時間を共有しているような錯覚を起こして、

YOUTUBEよりも生放送が良い。

 

youtubeは時間が止まる。前に進まない。過去の映像。

 

発信というか、何か心と頭の中になるモヤモヤを吐き出したい。

 

ここに日記みたいに書いてみることにした。

 

ことにした??
続くのか分からないが、SNSの中では遠慮したり、見栄えを気にして言えないことを、

ゲロゲロと吐き出す。

 

情報の胃もたれがすごいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっちのブログも動かさないと…。

現在ウズベキスタン・タシュケント。

もちろんサッカー日本代表の応援。


サッカーの応援が終わったら、
ちゃんとルポも始めます。

もちろんサッカーの事も。

何となく旅のルートも決まって来た。

という事で、ビザの取得に走り回る事に…。
最初の訪問国、中国ビザは今日申請。
月曜日には出来上がる。加急申請6000円也…

受け取ったら速攻でウズベク大使館へ郵送だな…



~現時点での旅の行程~

5月7日出発予定 中国四川省~チベット自治区

6月頭  ウズベキスタン(W杯アジア最終予選に向けて)タシケント&サマルカンド

6月中旬 ネパール カトマンズ

7月上旬 インド、ダラムサラ~デリーなど

8月上旬 パキスタン イスラマバード&カラチ
    (ビザの有効期限内に入れないので、インドでビザ取得予定)

8月下旬 イラン(このビザもインドで取らないといけなさそう)

9月以降 未定 きっとトルコか中東ぐるり一周
        イスラエル~エジプト~リビア~モロッコ~バルカン半島かな?


お金がなくなり次第帰国。


お仕事になるかな?
さて、仕事も終わって、いよいよ旅の準備にかからねば。

去年の夏にメモってた「必要なもの」はかなりそろった。

<いるもの>
●ハンディデジカムー◎
●ipod-160GBー◎
●ストレージー×
●外付けHDー◎
●小物関係は一度整理した方がいいな・・・

<やること>
●保険も入らないと ー これ大事!
●ビザはどうする? ー 中国ビザね
●HP作りを上達しないと。YOU TUBEも ー ようやくブログもボチボチスタート。youtubeが何か難しいなぁ…
●身辺整理。卑猥な本とかね。 ー これは直前まで無理そう。
●貯金。 ー 毎晩呑んで食ってして無理だ~。食いつぶさないように…


で、現時点での問題は…
●予防接種 ー ちょっと無理そう。現地で打つか?
●関係各所に相談&ご挨拶 ー う~ん、のんびりしている場合ではない。
●バックパックなどの鞄類 ー 弟のバックパックはどこに行った?
●フリッカーに写真アップ ー これは後回しでも
●東京行きのスケジュール ー 4月になるか?

●最後のお仕事を早く段取りしないと… ー 今後のためだしね。


あぁ~オオハシちゃんにまた会いたい…

タテキング blog   「荒野を行く?」-オオハシ
都江堰市内には、至る所に仮設住宅やテント村がある。

テントはいうまでもないが、仮設住宅にもエアコンなどは無い。
蒸し暑い四川の夏を乗り越えるにはあまりに厳しい環境だ。

タテキング blog   「荒野を行く?」-仮設ロング

今回、「被災者の暮らしぶりを知りたい」と向かったのだが、
仮設住宅への外国人の出入りについて、公安が厳しく目を光らせているという。
仮設住宅の集まっている場所には、特に柵や門があるわけではないが、欧米人など、見るからに外国人と分かる人間が中に入ると、公安が飛んできて追い出すらしい。

オリンピックで盛り上がる中、すこしでもマイナスになるような情報は漏らしたくないということなのだろうか。

今回、現地の人間とコネクションが出来て、公安と実際の被災者に話をつけてもらったが、「日本人と分からないようにしろ」と言うのが条件だった。
そこで、「カナダ系中国人」ということでインタビューなどにも答えてもらった。


被災者は一軒ごとに四川省政府から、一日10元(160円)ほどの現金と、1キロの米を支給されているが、やはりそれだけでは十分な暮らしぶりが出来るはずも無い。
しかもその支援も、8月で打ち切られるらしく、9月からの生活に大きな不安を抱えていた。
何よりも大きな問題は、仕事が無いという事らしい。

街の復興については、四川省政府が主導して行うため、そこで必要な人足などの仕事も、すべて国の都合で突然始まり、突然打ち切られる。
街の目玉であった観光地にも旅行者は寄り付かず、現金収入のあてはほとんどなく、ほとんどの住民が途方に暮れる毎日を過ごしていた。


加えて、いまだに家族を失った現実を直視できない被災者もいる。

タテキング blog   「荒野を行く?」-被災者 涙


小学生の一人娘を亡くした父親は、蒸し暑いプレハブ小屋の中で、涙を流しながら、娘の写真を見つめていた。

「何故こんな事になったんだ・・・」

嗚咽に混じりにつぶやいた。

タテキング blog   「荒野を行く?」-被災者 子供の写真


14歳の少女は、妹を亡くした。
今はまだ学校が始まっておらず、ベッドの横の食卓で英語の勉強をしていた。
彼女の夢を聞くと、笑顔で「医者になる事」と片言の英語で一生懸命話してくれた。



確かに3ヶ月程度では、まだ震災直後と同じ状態。
何も進まないという現実も分からないではない。
神戸の震災の時も、そうだったと思う。
しかし、だからこそ、伝え続けて行かねばならないはず。


今は、世界の目が北京に集まっている。
それは致し方ない。
問題は、その後だ。

来月から中国政府は被災地の現状を、
どのように捉えて支援し、世界に発信して行くのだろう。

またいずれ、この街には戻ってくる事になりそうだ。

タテキング blog   「荒野を行く?」-被災地 人形


タテキング blog   「荒野を行く?」-がれき椅子
2008年北京オリンピック開幕を前に、四川省に到着。
被災地の一つである都江堰(とこうえん)に入る。

成都からはバスでおよそ1時間。
到着したバス停からして、いまだ崩壊寸前である。

After The News


町の繁華街は壊滅的な状態で、3ヶ月経った今も、がれきの山が積み上げられたままだ。

今にも崩れ落ちそうなマンションの下で、洗濯物を干す住民。
崩壊したビルの柱から、鉄を拾い集めて生活費に充てている人。
しかし、途方に暮れるようながれきの山の中でも、住民たちは努めて明るく声をあげている。

「起こったことはしょうがない。やるしかない」
「この街はこれからもっと大きくなるんだ」

大きなハンマーで柱を叩きながら、半裸のおじさんは笑って答えた。

After The News


がれきが多いのは、重機が間に合っていないとの話もある。

都江堰は1000年以上の歴史を持つ古い町だ。
近年の急激な都市化により、中心部では古い住居の間に高層のビルが入り組むモザイク型の都市となっていた。

そのため、細い路地が多くが入り組んでいるところには、どうしても重機は入れずらい。
また、重機を使うよりも人手の方が安上がりということもあってか、
この3か月間、特に住宅地なのでは、ひたすら人力によるがれきの撤去作業が続けられてきたという。

都江堰はそれでもかなりましな方だという。
大通りには人があふれて、がれきの中、たくましく商売を続けていて、
復興への確かな足音が聞こえてきた。



実は、中国政府は海外からの支援を受け付けているような体面を装ってはいるが、実際は支援するNGOなどの活動は厳しく制限されているらしく、支援場所も四川政府が指定しているのが現状だという。

つまり、ある程度の被災地での活動は許されるが、本当に悲惨な現場には、外国人は立ち会わせないという方針らしい。

こちらで出会った日本のNGO団体は、政府に隠れて成都北部の少数民族の村への支援を続けている。
同行を願ったが、いらぬ波風を立てて支援の手が止まるのを恐れてか、固辞された。
まずカメラの持ち込みなど言語道断のようだ。

このNGOの活動は住宅再建と耐震・免震住宅の教育だ。
しかし、住宅というものは、その土地の文化や歴史、習慣が詰まっているもので、近代的な免震住宅をそのまま持ち込めば済む問題ではないという。
伝統的な建築工法と免震技術の融合を図ってこそ、本当の支援となるのだと語る。

特に少数民族の村では、一生をかけて一つの家を造ることが多い。
そのため、レンガ一つ、柱一本とっても、彼らにとってはかけがいのない財産である。
現地の風土、文化、習慣も知らない者が、それらの財産をすべて捨て去り、一方的に近代的な住宅に押し込めるのは、横暴以外の何ものでもない。


ほんの数十秒の揺れが、なんと大きなものを崩し、大きな問題を浮き彫りにしたのか。



オリンピックで沸き立つ中、必死に明日の糧を得るために這いずりまわる人たちも厳然としている。

大国中国の光と影をまざまざと見せつけられた。


After The News
今年はカレンダーの都合上、そしておいらの仕事の都合上、
静かな誕生日。

前日は、一人で寿司。
当日は、一人でステーキ。

こんな誕生日は久しぶり。



それにしても、これからの企みを口に出した途端に、色々と物事が動き出す気配。

あんまりのんびりしてはいられないな。

企画書を10枚ほど、かきためねば。


写真上げながらの練習


20080629185117.jpg

ひさしぶりにソバでも食いたいなぁ



ブルドック2


こうして日記をかいていくわけだな。
ゾロ目ラストの夕飯は、独り寿司。

あいかわらずナイス


これからの覚悟も固まった。


荒野へ!