今日は明けですが、真夜中に心停止した方の対応に追われて、お昼にやっと家に帰って来ました。
夕食中は少し活気がないとは感じてはいたけど、他は特に変わりなく自力摂取していました。
その方の服薬介助だけを遅番さんにお願いし、私が移動介助に入っていたら、食堂で服薬介助をしていた遅番さんから内服した途端に嘔吐したと連絡が入りました。
一緒に移動介助していたNSへすぐに報告し、対応してもらいました。
その間あたしは1人で移動・トランス介助。
VSを測り終え、状態を見たNSが戻ってきて
「脅すわけじゃないけどHr殆ど出てないし、顔色がものすごく悪いから、今夜呼吸が止まるかもしれないからこまめに観察して。」
と言われました。
他の用で訪室する度に声掛けし、表情を見ていましたが、あたしが見てもわかるくらい血の気のない青白い顔。
顔も強ばっていて、言葉もごにょごにょと何を言ってるのか聞き取るのが困難でした。
Dr.から指示を受けたNSが点滴(生食)をしたところ顔色はやや戻り、言葉もいつも通りハッキリしてきました。
バルンの方でしたが、相変わらずHrは全く出なくてHrバッグは空っぽ……
でもいつも通りわがままなくらい要望を言えるほど活気を取り戻してくれました。
その間にあたし達のごはん休憩。
休憩中も
「点滴そろそろ終わるんじゃない?」
「
さん(あたし)、ちょっと来てくれない?」
とNCの嵐。
まだ点滴終わらないのはわかってるからNSは行かないけど、あたしは指名されたため行かないわけにも行かず‥
暫くして点滴が終わる頃にNSが来て抜針。
点滴が終わったと思ったら、みるみるうちにまた言葉がハッキリしなくなり‥
会話しながらVSを測ってるとどんどんレベルが下がっていき、呼名反応も鈍くなり、病室移動することに。
その間に呼吸停止。
たまたま当直だった院長に連絡し、すぐに電気ショックを使用するも戻らず。
挿管もして人工呼吸器をつけるも戻らず―――
時刻は午前0:10
家族に電話を入れるも、2ケ所とも連絡がつかない。
家族に連絡がつかないことにはどうにも出来ないので、あたし達は仕方なく普段の業務に戻りました。
それからも30分置きに最低でも10コールは鳴らして電話をしましたが、同じ区内の家も静岡の家も連絡がつきませんでした。
人工呼吸器を付けられ、出来ない呼吸を無理矢理機械的にしている状態の患者さんがいる病室の隣で、しなくてはいけないレポートや記録をしている自分が無力すぎて悲しかった。。。。。
呼吸停止して慌ただしい間も、あたしはNSに言われた物を走って取りに行くだけ。
他には何も出来ず、自分の無力さを思い知らされました。
やっと朝5時過ぎに静岡の家に連絡がつきました。
状況を説明し始めたNSに対し家族からの第一声は
「夜中に何度も電話してきたの、あんたらか!」
だったそうです。
気付いてたんなら出ろよっ!!!
NSは怒りを抑えながらも続けて状況を説明。
始発の新幹線で向かうとのこと。
始発に乗ればうちの病院の最寄り駅には8:11に着く。病院にも8:20には到着するはずでした。
でも待っても待っても来ない。
退勤時間9:15になっても来ないため、明けでも帰れず――
結局来たのは9:45
ここでの第一声は
「夜中電話に出ようとしたら3コールで切れて出れなくてね~」
でした。
あたし達明け組3人はふざけんなって言って殴ってやろうかと思った。
それから9:50に家族の前で院長による死亡確認を行い、死後の処置……
あたし達明け組は死後の処置のために残ってましたが日勤者が気を遣ってやってくれたため、荷物をまとめに元居た病室へ。
袋にまとめ終わり、談話室で待っている家族の元へ持って行ったら、
「こんなに持っていけないよ。静岡だよ?」
とのこと。
3人もいるんだから余裕で持てるし、むしろ少ないくらいだと思いますが‥
その後文句を言いながらも、うちの病院には売店がないため外のお店に大きい袋を買いにいったようですが、なかなか戻らず…
そうしている間に死後の処置も終わり葬儀屋さんも到着したけど、家族が戻らないため運び出すわけにも行かず―――
待つしかないのでその間は、疲れてフラフラになりながらも日勤業務を手伝ってました。
家族が買い物から戻った時刻 11:20
あんたら袋一つ買うのにどこまで行ってたんですか?
出て1分もない距離にコンビニありますけど??
コンビニじゃなくても商店街だし店はいっぱいありますけど???
それからお見送りしてやっと11:40に業務終了。
家族が到着するまで10時間近くもの間ずっと人工呼吸器をつけていた患者さんが可哀想でしかたがなかったです。
とにかく体力的にも精神的にも疲れがピークでした。
でもそんな人の死があったにも関わらず、あたしは12時には家に居ないと行けなかったので終わった途端にダッシュで帰宅。
Webのたっちゃんの写真の再配達を頼んでいたのです‥‥(;_;)
家に着いたのが11:59
12時ジャストにたっちゃんの写真到着!
間に合ったぁ‥(×_×;)
たっちゃんの写真だからってわけじゃなく、再配達頼んだのに居ないとか失礼なことはしたくなかったから良かったぁ。
振込に行く時間がなくて着払いになったことを忘れてたから、500円貯金から出して泣く泣く支払い‥
たった1440円だけど、今日のあたしの財布には無かったのだ(^◇^;)
どんだけビンボーだよ
安心したあたしはたっちゃんの写真を見る気力もなく爆睡モード。
ごめんよ、たっちゃん‥
夕方にアラームかけたのに全く気付かず、起きたら19:30…
5分置きのスヌーズで30分は鳴ってたはずなのに全く記憶がない……(-_-;)
覚えてることといえば、夜中の光景を夢でまた見たことくらい――
だから疲れが全然取れなかった。
なのにこんななっがいブログ書いちゃって、疲れ倍増です。
ブログよりメール返さなきゃなのに

みなさんごめんね
ラジオ予約してまた寝ます。
おやすみなさい。
たっちゃんの写真はまだ見る元気がないので、明日だな……(/_・、)
夕食中は少し活気がないとは感じてはいたけど、他は特に変わりなく自力摂取していました。
その方の服薬介助だけを遅番さんにお願いし、私が移動介助に入っていたら、食堂で服薬介助をしていた遅番さんから内服した途端に嘔吐したと連絡が入りました。
一緒に移動介助していたNSへすぐに報告し、対応してもらいました。
その間あたしは1人で移動・トランス介助。
VSを測り終え、状態を見たNSが戻ってきて
「脅すわけじゃないけどHr殆ど出てないし、顔色がものすごく悪いから、今夜呼吸が止まるかもしれないからこまめに観察して。」
と言われました。
他の用で訪室する度に声掛けし、表情を見ていましたが、あたしが見てもわかるくらい血の気のない青白い顔。
顔も強ばっていて、言葉もごにょごにょと何を言ってるのか聞き取るのが困難でした。
Dr.から指示を受けたNSが点滴(生食)をしたところ顔色はやや戻り、言葉もいつも通りハッキリしてきました。
バルンの方でしたが、相変わらずHrは全く出なくてHrバッグは空っぽ……
でもいつも通りわがままなくらい要望を言えるほど活気を取り戻してくれました。
その間にあたし達のごはん休憩。
休憩中も
「点滴そろそろ終わるんじゃない?」
「

さん(あたし)、ちょっと来てくれない?」とNCの嵐。
まだ点滴終わらないのはわかってるからNSは行かないけど、あたしは指名されたため行かないわけにも行かず‥
暫くして点滴が終わる頃にNSが来て抜針。
点滴が終わったと思ったら、みるみるうちにまた言葉がハッキリしなくなり‥
会話しながらVSを測ってるとどんどんレベルが下がっていき、呼名反応も鈍くなり、病室移動することに。
その間に呼吸停止。
たまたま当直だった院長に連絡し、すぐに電気ショックを使用するも戻らず。
挿管もして人工呼吸器をつけるも戻らず―――
時刻は午前0:10
家族に電話を入れるも、2ケ所とも連絡がつかない。
家族に連絡がつかないことにはどうにも出来ないので、あたし達は仕方なく普段の業務に戻りました。
それからも30分置きに最低でも10コールは鳴らして電話をしましたが、同じ区内の家も静岡の家も連絡がつきませんでした。
人工呼吸器を付けられ、出来ない呼吸を無理矢理機械的にしている状態の患者さんがいる病室の隣で、しなくてはいけないレポートや記録をしている自分が無力すぎて悲しかった。。。。。
呼吸停止して慌ただしい間も、あたしはNSに言われた物を走って取りに行くだけ。
他には何も出来ず、自分の無力さを思い知らされました。
やっと朝5時過ぎに静岡の家に連絡がつきました。
状況を説明し始めたNSに対し家族からの第一声は
「夜中に何度も電話してきたの、あんたらか!」
だったそうです。
気付いてたんなら出ろよっ!!!
NSは怒りを抑えながらも続けて状況を説明。
始発の新幹線で向かうとのこと。
始発に乗ればうちの病院の最寄り駅には8:11に着く。病院にも8:20には到着するはずでした。
でも待っても待っても来ない。
退勤時間9:15になっても来ないため、明けでも帰れず――
結局来たのは9:45
ここでの第一声は
「夜中電話に出ようとしたら3コールで切れて出れなくてね~」
でした。
あたし達明け組3人はふざけんなって言って殴ってやろうかと思った。
それから9:50に家族の前で院長による死亡確認を行い、死後の処置……
あたし達明け組は死後の処置のために残ってましたが日勤者が気を遣ってやってくれたため、荷物をまとめに元居た病室へ。
袋にまとめ終わり、談話室で待っている家族の元へ持って行ったら、
「こんなに持っていけないよ。静岡だよ?」
とのこと。
3人もいるんだから余裕で持てるし、むしろ少ないくらいだと思いますが‥
その後文句を言いながらも、うちの病院には売店がないため外のお店に大きい袋を買いにいったようですが、なかなか戻らず…
そうしている間に死後の処置も終わり葬儀屋さんも到着したけど、家族が戻らないため運び出すわけにも行かず―――
待つしかないのでその間は、疲れてフラフラになりながらも日勤業務を手伝ってました。
家族が買い物から戻った時刻 11:20
あんたら袋一つ買うのにどこまで行ってたんですか?
出て1分もない距離にコンビニありますけど??
コンビニじゃなくても商店街だし店はいっぱいありますけど???
それからお見送りしてやっと11:40に業務終了。
家族が到着するまで10時間近くもの間ずっと人工呼吸器をつけていた患者さんが可哀想でしかたがなかったです。
とにかく体力的にも精神的にも疲れがピークでした。
でもそんな人の死があったにも関わらず、あたしは12時には家に居ないと行けなかったので終わった途端にダッシュで帰宅。
Webのたっちゃんの写真の再配達を頼んでいたのです‥‥(;_;)
家に着いたのが11:59
12時ジャストにたっちゃんの写真到着!
間に合ったぁ‥(×_×;)
たっちゃんの写真だからってわけじゃなく、再配達頼んだのに居ないとか失礼なことはしたくなかったから良かったぁ。
振込に行く時間がなくて着払いになったことを忘れてたから、500円貯金から出して泣く泣く支払い‥
たった1440円だけど、今日のあたしの財布には無かったのだ(^◇^;)
どんだけビンボーだよ

安心したあたしはたっちゃんの写真を見る気力もなく爆睡モード。
ごめんよ、たっちゃん‥
夕方にアラームかけたのに全く気付かず、起きたら19:30…
5分置きのスヌーズで30分は鳴ってたはずなのに全く記憶がない……(-_-;)
覚えてることといえば、夜中の光景を夢でまた見たことくらい――
だから疲れが全然取れなかった。
なのにこんななっがいブログ書いちゃって、疲れ倍増です。
ブログよりメール返さなきゃなのに


みなさんごめんね

ラジオ予約してまた寝ます。
おやすみなさい。
たっちゃんの写真はまだ見る元気がないので、明日だな……(/_・、)