今日は、特に目的を決めずに街を歩いていた。
用事を済ませて、必要なものを買って、帰るだけ。

毛糸屋さんに立ち寄った。
棚に並ぶたくさんの毛糸は、
以前なら私の心を一気に動かしていた。

「これで何を作ろう」
「こんなの編んだら可愛い」
そんな考えが次々浮かび、
気づけば、
まだ何も始まっていない未来のために、
毛糸を手に取っていた。

大人買い。
でも今日は違った。

毛糸はただ、そこにあって、
私は静かに眺めて、
「今日はこれじゃないな」と思って
何も買わずに店を出た。

心は、今ここにあった。

家で食べるパンが欲しいな、
とパン屋に思って立ち寄ったけれど、
同じだった。
以前のように
「ついでに」
「これもあったら」
「明日の朝食べよう」
と、未来の不足や楽しみを
先回りして埋めようとはしなかった。

欲しいものだけを買って、
それで終わり。

満足しようとも、
自分を納得させようともしていない。
ただ、静かだった。

不思議だな、と思った。
「私には十分ある」と思ったわけでもない。
我慢した感じもない。

ただ、
足そうとする衝動が、起きていなかった。



そのとき、ふと思った。

私は、
いつも「今」以外の時間に心を預けていたんだな、と。

過去を振り返って後悔したり、
未来を想像して期待したり、
まだ起きていない出来事に反応して、
今を使って行動していた。

でも今日は、
過去にも未来にも引っ張られていなかった。

境界線は、
人と人のあいだだけじゃない。
心と体のあいだだけでもない。

過去と今、
今と未来のあいだにも、
ちゃんと境界線があった。

その境界線を越えずに、
今の場所にとどまっていると、
行動はとてもシンプルになる。

余計に買わない。
余計に考えない。
余計に期待しない。



ただ、
今、必要なことだけをする。

それだけで、
心はこんなにも静かになるんだと、
街を歩きながら思った。