久しぶりの更新です。
5月17日の記事を書いた後に、実家の祖母が亡くなりました。
去年の夏に膵臓癌の末期だと診断されて、余命半年と言われてから8ヵ月。
祖母は本当によく頑張ったと思います。
84歳でした。
実家に戻って祖母の介護をしとった姉から、
「容態が悪くなった。もしかしたら今日か明日かもしれんけ帰ってくるように」
との連絡をもらってから数十分後、あっと言う間の最期だったようで、私は臨終を看取ってあげることはできませんでした。
夫と一緒に実家に着いたときには、きれいに化粧してもらって、安らかに眠っていました。
看護士をしとった姉曰わく、癌で亡くなった人とは思えんほど、きれいな顔をしてました。
とてもしっかり者の祖母だったのに、最期が近くなった病床では夢と現実の区別がつかなくなっとったようで、意味の分からないことを口走ることもあったし、一日中「痛い痛い」と唸っとるような日もありました。
それでも大好きな家で家族に囲まれて逝きたいって言っとった祖母の気持ちを尊重して、最期まで自宅で看てあげることができました。
祖母があんまり苦しい思いをせんように、長く辛い痛みに耐えるくらいなら、早くお迎えが来た方が楽になれるのにな…と思っとったけど、いざ亡くしてみるとやっぱりすごく悲しくて寂しいもんなんだな…と思ったりしてました。
お通夜もお葬式も滞りなく済んで、家の中はやっと少し落ち着いたところです。
お通夜やお葬式の最中は、娘と甥っ子が2人で喚くわ騒ぐわ。
娘に至っては菊の花ちぎって食べとるし。
涙も引っ込んで冷や汗が出ました(-∀-;)
生前、たくさんの苦労をしたり辛い目にあった祖母には、安らかにゆっくりと眠ってほしいです。
今頃はあっちで戦死した夫や死産した娘、先に逝った友達や両親と再会しとるんじゃないかな(^_^)
おばあちゃん本当にお疲れさまでした。
そんでほんとにありがとう。
みんなが行くまで気長に待っといてや。
みんなおばあちゃんのこと大好きだったよ。
さて、みなさんのブログもぼちぼち見に行かせてもらいますね(・∀・)
ちょっとずつ復活していきたいと思います(・∀・)ノ
5月17日の記事を書いた後に、実家の祖母が亡くなりました。
去年の夏に膵臓癌の末期だと診断されて、余命半年と言われてから8ヵ月。
祖母は本当によく頑張ったと思います。
84歳でした。
実家に戻って祖母の介護をしとった姉から、
「容態が悪くなった。もしかしたら今日か明日かもしれんけ帰ってくるように」
との連絡をもらってから数十分後、あっと言う間の最期だったようで、私は臨終を看取ってあげることはできませんでした。
夫と一緒に実家に着いたときには、きれいに化粧してもらって、安らかに眠っていました。
看護士をしとった姉曰わく、癌で亡くなった人とは思えんほど、きれいな顔をしてました。
とてもしっかり者の祖母だったのに、最期が近くなった病床では夢と現実の区別がつかなくなっとったようで、意味の分からないことを口走ることもあったし、一日中「痛い痛い」と唸っとるような日もありました。
それでも大好きな家で家族に囲まれて逝きたいって言っとった祖母の気持ちを尊重して、最期まで自宅で看てあげることができました。
祖母があんまり苦しい思いをせんように、長く辛い痛みに耐えるくらいなら、早くお迎えが来た方が楽になれるのにな…と思っとったけど、いざ亡くしてみるとやっぱりすごく悲しくて寂しいもんなんだな…と思ったりしてました。
お通夜もお葬式も滞りなく済んで、家の中はやっと少し落ち着いたところです。
お通夜やお葬式の最中は、娘と甥っ子が2人で喚くわ騒ぐわ。
娘に至っては菊の花ちぎって食べとるし。
涙も引っ込んで冷や汗が出ました(-∀-;)
生前、たくさんの苦労をしたり辛い目にあった祖母には、安らかにゆっくりと眠ってほしいです。
今頃はあっちで戦死した夫や死産した娘、先に逝った友達や両親と再会しとるんじゃないかな(^_^)
おばあちゃん本当にお疲れさまでした。
そんでほんとにありがとう。
みんなが行くまで気長に待っといてや。
みんなおばあちゃんのこと大好きだったよ。
さて、みなさんのブログもぼちぼち見に行かせてもらいますね(・∀・)
ちょっとずつ復活していきたいと思います(・∀・)ノ