こんばんわ。
しばらくブログをチェックしていませんでしたが、さっきシャワーを浴びてたら突然考え事が頭をよぎりだして、とまらなくなったので、備忘録的に書いておきます(色分けや図が入ってくるので、携帯でご覧になっている方には分かりにくく、大変申し訳ありません)。
ガイコツの悩みは、説得的な法律文章を書く力が低いのではないかということです。新司法試験受験後も、そのことは変わっていません。もちろん受験前に、友人の貴重なアドバイスを受けて、本番ではそれなりの答案を作成できた科目もありました。けれども、まだまだ気がかりです。一生使い続ける能力の一つですから。
さて、そもそも法律文書として説得力のある文章とはどのようなものなのでしょうか。まずは、単純に形式面からアプローチしてみたいと思います(法的三段論法は省略します)。
一つには、一文一文の長短が影響するでしょう。短いほど分かりやすい伝わりやすいし、短いほど単純明快な論理として、相手の反論可能性を減殺するのではないでしょうか。よく言われることですが、体現するのは至難ですね。
ちなみに、一文一文をつなげる接続詞の選び方は大変重要ですね。
もうひとつには、条文・判例・理論という力の序列が関係している気がします。もちろん、判例の理論的な正当化を抜きにして、そのような序列を認めることはできません。判例の射程も正確にとらえることができないでしょう。ここでは判例+簡単な理論的正当化=「判例」と考えます。
ただ、よく言われる通り、判例は実務を支配する。判例はおよそ一学説にとどまるものではない(※中野編「判例とその読み方」は必読ですね!)。そうであれば、さきの序列を意識して書くことは重要でしょう。何に根拠をおいて論じるのか、それにより根拠の持つ力が違うということです。
これを図にしてみると
① 短 ②
↑
条文←「判例」← ◆ →趣旨・理論
↓
② 長 ③
となります。
たいへんシンプルですが、今自分が書こうとしていること、書いていること、書いたことが①②③のどこにあるのかを意識しながら書くと、説得力ある文章になるのではないでしょうか。
いや、正確には、説得的な文章になるよう最善の努力ができるのではないでしょうか。①だけで書くのは実際上不可能なので、①だけで書けばよいと単純には言えないわけです。ただ、学者でもないのに、簡単に③へ手を出すのも怖いことですね。
悲しいかな、ガイコツはついつい③に行ってしまうことがありました。とりわけ、民事系第二問(民法・民事訴訟法)で③が多かったことは明らかです。また、振り返ってみれば、この夏サマークラークで提出した課題にも、③が多かったことをよく記憶しています。そのサマークラーク先2か所からは就職関係で一切声がかかりませんでした(涙)。さらに、サマクラ先で見せていただいたプロの手による成果物には、①②がびっちりとしきつめられていて、大変驚いたことをよく覚えています。あのときは、説得力ある法律文書がどういうものか垣間見た心持ちでした。
条文・判例もないから自由に考えを書いてみよう…そんなときこそ気をつけたい点です(さらに、そもそも分析不足であるために①②で書けないという事態も恐ろしいですね。後記参照)。
さて、以上は形式面からみた「説得力」ですが、次に、内容面から説得的な法律文書とは何かが問題です。それは、求められる結論に対して必要かつ十分な法的根拠を持って答えるものでしょう。
すなわち、ある結論=法律効果にとって「必要」な要件の充足性が「十分」検討されていることです。不必要なことを書いてもダメだし、何かが欠けていてもいけない。そこで、まずは結論(いわば着地点)の設定(ただし、結論の内容を決め打つわけではありません)が先行し、そのうえで、どの要件を検討する必要があるのかを見る、ということになります。結論を設定し、その主張=法的効果にとって、どんな要件の具備が必要で、かつそれだけで十分なのか、そういう要件効果の枠組みを利用した思考順序が基本になるのではないでしょうか。
ただし注意点が三つあると思います(主張立証責任の観点は捨象しています)。
まず、「要件」などというと「要件事実論」を想起してしまいますが、要件論はなにも民事実体法に限られた話ではありませんよね。罪責を問われれば、構成要件・違法性・責任を。訴訟提起の適法性が問われれば訴訟要件を。捜査の適法性を問われれば適法要件を。要件効果という仕組みは全ての法律に通ずるものであるはずです。したがって、問われた結論に対応する要件というのは、どの法律でも必ず存在するはずです。
さらにいえば、条文上の要件効果のみでなく、判例が定立した要件効果、学説が提唱する要件効果も存在することになるでしょう。
次に、そうした事案分析のとっかかりである「効果」に関して、そもそも効果が条文上明らかでない場合があるということです。詐害行為取消権や違法収集排除法則などが挙げられるでしょう。そこでは、いま問われている問題に対応した結論を法的に導き出せるかということ(効果論)自体が、まず問題となります。これを差し置いて要件論を論じ始めると、印象としては、なぜその要件をチェックし始めたのかピンとこないはずです。まず、要求される結論に対応する効果を導きうると論証して、それでは要件は満たされているのか、という順序で論じると相手に伝わりやすいのではないかと思います。
最後に、要件の検討は、事実のあてはめに尽きるものではないという点です。この点は、ガイコツにとって、民事系第二問から得た最大の反省点です。
例えば、「権利侵害」という要件ひとつとってみても、「権利」という、直接に事実をあてはめられない概念が含まれています。ここで、損害賠償請求を主張するための必要条件として、「権利侵害」という要件の具備を主張しようと思えば、まず「権利」が存在していること、それが紛争当事者間で主張できるということを論じなくてはなりません。それが、結論にとって必要で、それを欠くと不十分なわけです。そこで、では「権利が存在している」「権利を主張できる」という法律効果を主張するには、いかなる要件が具備されていなければならないか、という、いわば二段階目の要件効果の分析が必要になってくるわけです。抵当権設定契約による権利の取得、177条により登記を要する「第三者」が、二段階目の要件論でした(出題の趣旨、参照)。
ところが、「要件の検討=事実のあてはめ」と単純に考えていると、こうした細かくて深みのある分析の目を失ってしまいます。細かな事実を拾ってはいるけれど、それが「権利侵害」という要件充足性の判断に、どのように関わるのかが見えてこないわけです。もちろん答案上も。
こうしてガイコツは民事系第2問の設問2で大けがをしました。具体的には、177条の議論を全く欠いたまま、不法行為法上「権利」として保護されるには登記が必要か、などという不法行為法の次元だけで抽象的記述と事案の引用を進めたわけです。お恥ずかしい。。。
この体験から、
・要件は直接事実をあてはめられるものばかりではないこと
・つまり、ある要件の充足性を検討するための別の要件効果論がありうるということ
・ひいては、要件効果の構造は何段階もの深みを持つ場合があること
を意識して勉強することが、細かな事案分析の視点を養うのに重要だと行きつきました。
以上を要するに、要件効果の枠組みで考えるといっても、それが一段階であるとは限らないということです(ちなみに、ある解釈問題における規範定立の過程で、理由づけの一環として、「二段階目の要件効果論」が登場する余地もあるのではないかと、抽象的には想像しています)。
一応、試みに図示すれば
問題←結論=法的効果(その内容自体に解釈論として議論がありうる)
↑↑
要件⊃事実
(場合により)⊃法的概念=法的効果
↑↑
要件⊃事実
(場合により)⊃法的概念=法的効果……
(さらに、もしかすると…)
問題←結論=法的効果(その内容自体に解釈論として議論がありうる)
↑↑
↑↑ = 解釈・規範定立 ⊃ 理由づけ
↑↑ ↑↑
要件⊃事実 法的効果
↑↑
要件⊃事実
※これらについては全ての法律で同様に考えられる
ちなみに、たびたび重要と言われる「意義・定義」と「趣旨」について触れれば、前者は、ある要件の具体的な内容の理解を問うものではないでしょうか。後者は、ある解釈問題が生じる場合に、要件や効果の具体的内容を定立するため遡るべきところと位置付けられるでしょう。
さて、以上はあくまで一時の覚書ですし、大変抽象的な内容ですが、ふたたび考え事をするときに備えて書きました。考え事大好き骸骨です。
なお、以上について、「そんなの当然だろう」という方、堪忍してください。ガイコツはいまさら気付いたのです。
他方、「そいつは違うんじゃないか」という方、堪忍してください。もっと精進します。いい頭の整理法があったら教えてください。
はたまた、「この記事自体「③」が多くて読みづらかった」という方、堪忍してください。本人も大変気にしています。
今後は、とりわけ一番最後に挙げた注意点を意識しつつ様々な要件を眺めてみて、どのような階層化のパターンがありうるのか想像しつつ(無限に存在するのかな?)、各基本書を復習してみたいと考えています。それが、未知の事案を徹底的に分析し、説得的に事を論ずる力を育むのではないかと考えるからです。
それでは!
