長野電鉄を支える元成田エクスプレス253系電車① | しなのは走るよ♩♫どこまでも☆♩♫♬

しなのは走るよ♩♫どこまでも☆♩♫♬

〜19:00更新〜

鉄道・旅行とポケモンGOのブログです。

扱うテーマはプロフィールをご覧下さい。

不定期更新となります。

よろしくお願いします。

 

みなさんこんにちは。

 

Zelpher(ゼルファー)です。

 

本日は長野駅に来ています。

 

 

今回のテーマですが、この長野駅から


長野電鉄を走る元成田エクスプレス253系電車


に乗って終点の湯田中駅まで行ってみようと思います。

 

 

 

 創立100年長野電鉄

 

長野電鉄の歴史は古く、1920年に千曲川東岸の河東地区と国鉄路線を結ぶ『河東鉄道』としてスタート。

 

最盛期には、屋代線、河東線、長野線の3路線が長野市、須坂市、中野市に延びていましたが、2020年現在、現存する路線は長野線のみで他の路線は採算性の問題からすべて廃止。

 

都市部にある大手私鉄会社の様な資本力は無いものの、長野電鉄沿線を中心に都市開発を進めた長野市と須坂市の中心市街地を結ぶ導線の役割が強い事、そして、首都圏で使用されていた通勤電車や特急電車を積極的に再利用し、観光輸送に力を入れた事などで黒字経営を維持している地方私鉄になります。

 

 

 地下へ進みます


 

長野電鉄への乗り換え入口は、JR長野駅善光寺口前のロータリーの一角にあります。

 

地下に通じるエスカレーターに乗って、地下2階まで降りたところにきっぷ売り場と改札口があります。

 

 

長野電鉄の特徴は、長野駅を出発して最初の約2㎞が地下鉄になっている事です。

 

近鉄や名鉄など、大手私鉄が地下鉄を運営するのは珍しいことではありませんが、長野電鉄は地方の中小私鉄。

 

1㎞建設するのに100億円という莫大な費用が掛かる地下鉄がなぜ長野にあるのでしょうか?

 


 地下鉄が存在する理由


実は長野電鉄は当初、地上駅として建設して開業しました。

 

しかし、長野の県都である長野市の中心市街地は人口密度が高く、特に踏切を中心に交通渋滞が頻発し、

 

「めちゃくちゃ走りにくい」

 

と、地元民に言わしめるほど酷い交通事情でした。

 


(注)写真はイメージです。

そこで、1981年に国と県が渋滞緩和の目的で『連続立体交差事業』として地下化。

 

踏切渋滞の解消と空いた土地を幹線道路に整備する形で、きれいな街並みと走りやすい2車線道路で長野駅周辺は都市化が行われ、現在に至っているという訳です。

 

厳密には地下鉄扱いではないので地下鉄の一覧には載りませんが、地下区間を列車が走る雰囲気は本当に地下鉄に乗っている感じになります。

 

 

 8:51発 A特急湯田中ゆき


 

今回乗車する253系電車は8:51発A特急湯田中ゆきとなります。

 

電光掲示板の表示では『A特急』、時刻表の案内では『スノーモンキー』という名前の列車です。

 

この他にも、かつて小田急線で使用された小田急10000形電車『ロマンスカー』が同じように特急列車に使用されていますが、こちらは『ゆけむり』という名前になっているので、どちらかを狙って乗車する場合は間違えないように注意が必要。

 

 

写真は、特急料金込みのきっぷです。

 

どちらの特急に乗っても、特急料金は


一律¥100

 

しかも!全車両自由席なので、特にロマンスカーに乗る場合の最前列は早い者勝ちです!

 

 

 

 地下鉄を彷彿させるホーム


 

発車15分前に改札を通ってホームに進んでいきます。

 

8:51発特急スノーモンキー湯田中ゆきは2番線からの発車。

 

それにしてもこの構図は、大都市の地下鉄そのものではないでしょうか??

 

 

3番線には信州中野ゆき元東京メトロ03系電車が止まっています。

 

この場所だけ眺めると都内に来たような雰囲気。

 

 

1番線にはちょうど長野ゆきの普通列車が入線してきました。

 

こちらは元東急8500系電車

 

これだけ都内の列車を見ると、ここは本当に長野駅なのかと疑いたくなります。

 

長野電鉄の面白い点は、はこんな感じでかつて都内で活躍した車両がたくさん走っている所。

 

鉄道ファン注目の名所です!

 

 

 成田エクスプレス253系電車


 

こちらが今回乗車する元成田エクスプレス253系電車。

 

3両編成での運転です。

 

先頭車両のウインドウガラスのすぐ下に『SNOW MONKEY』の車名が記されています。

 

現役当時と比べるとずいぶん短い編成なのでちょっと違和感ありますが、当時日本を代表する国際空港までの直通列車として使用されていた貫禄が醸し出されます。

 

 

方向幕はLED式となっています。

 

253系電車が投入された1990年代当時は幕式でしたが、2002年にLED式に変更されました。

 

今となってはほとんどの車両で採用されているLED式の方向幕は当時最先端の技術で、車両のカラーリングと相まって近未来をイメージしましたが、この様な設備を見ると、電子工学の進歩には目を見張るものがあると考えさせられます。

 

 

 8:51 長野駅発車


 

特急スノーモンキー湯田中ゆきは定刻通り8:51に長野駅を出発。

 

途中停車駅は、権堂、須坂、小布施、信州中野、終点湯田中です。

 

終点の湯田中までは約45分の旅となります。

 

成田エクスプレス現役当時のダイヤで考えると、成田空港~千葉間と同じくらいでしょうか。

 

 

 8:53 権堂停車


 

長野駅を出発して約2分。

 

最初の停車駅権堂に到着です。

 

長野駅と権堂駅の間には市役所前駅があり、各駅停車でいくとそれぞれの駅間の所要時間は大体1分少々。

 

駅間の短さは本当に大都市の地下鉄に乗っている雰囲気ですが、対向のホームに全然列車待ちの人がいないところを見ると、やはりここは長野なのだと感じさせられます。

 

地下鉄の雰囲気と裏腹に、ホームに全然人がいない所のミスマッチが面白いですね。

 

 

 長野から約4分で地上へ


 

権堂駅を出発して1分少々で地下鉄が終わり、地上に出ていきます。

 

始発の長野駅からは約4分、2.3㎞で地上路線となります。

 

この区間が地下化されたことで、『長野大通り』と呼ばれる片側2車線の幹線道路が整備されました。

 

当初は高架化の案もありましたが、景観を重視する考えから地下化されたことで、現在のまとまったコンパクトな長野の街並みがあります。

 

私の考えですが、もし高架化されていたら特に駅前の景観がごちゃごちゃし過ぎて、現在のようなシンプルな地方都市の駅前とはならなかった可能性があるので、地下化は大正解だったと感じます。

 

 

 途中までは複線電化


 

北陸新幹線の高架橋と立体交差をしてしばらく進むと、朝陽駅を通過。

 

ここまでは複線になっていて、ここから先は単線となります。

 

複線になっているのは約6.3kmの区間で、全区間33.2kmの約19%ですが、地方の中小私鉄で複線電化の路線を維持できるのはすごい事ですね。

 

須坂駅が近づくと、国道406号大笹大橋と並走します。

 

 

長野電鉄の最高速度は90㎞/hとなっていますが、この辺は約70km/h前後で走るので国道を走行する車と抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げます。

 

 

権堂を出発して約14分で須坂駅に到着です。

 

 

 9:07 須坂停車


 

須坂には車両基地があり、長野電鉄で使用される車両の多くが留置されています。

 

この時は元営団3000系電車が止まっていました。

 

日本の高度経済成長を支えた車両はその役目を終えた後も、こうして地方都市の地域住民にとって大切な交通手段として、長野の観光・経済を支えています。

 

 

須坂駅は3面5線の駅で、1日に約3100人が利用します。

 

かつては長野電鉄屋代線との乗換駅でしたが、屋代線は2012年に廃止となっています。

 

ちなみに長野県内のJR線で須坂駅と同じくらいの利用人数がある駅に岡谷駅(約3200人)がありますが、岡谷駅は中央東線辰野支線と飯田線との乗り換えターミナル駅であるのに対し須坂駅は通過駅。

 

人口もほぼ同じくらいであるのに、単純な通過駅と乗換駅で利用人数がほぼ同じである点を考えると、長野電鉄がいかに地域住民にとって大切な交通手段であるかという事がわかります。

 

 

須坂駅では、対向する特急『ゆけむり』号の到着を待って発車となります。

 


 


 次回予告

 

 

次回は、須坂を発車した後、終点の湯田中までの様子をお伝えします。

 

その他、車内設備の様子などについても触れて、長野電鉄の良さについて考察してみたいと思います。

 


続きはこちらをタップしてください→こちら




私のブログを最後まで閲覧していただき、ありがとうございます。


感謝してます。

 




 リンク