Monster Parent〝and Child〟1 | Ta助の厨房

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料理人 Ta助が
真の「食」を求める旅録

◆この親子〝Monster(怪物)〟だと思う。


   ・・・といっても、教育現場の苦悩が話題ではありませんのであしからず。



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   「鶏肉」と「卵」で「親子丼」・・・。


   味もさることながら、なんら憚ることなく〝親子〟と名付けるあたり・・・Monsterだと思います。

   





   「親子丼(おやこどん)」の発祥を辿ると、日本橋人形町にある「鳥料理 玉ひで」に行きつきます。


   明治二十年頃、「鳥寿㐂」の〆に割下を卵でとじて御飯と共に食べた 卵とじが「親子煮」と呼ばれ、

   明治二十四年、五代目秀吉の妻女「山田とく」の創案により「親子煮」をご飯の上に乗せたものが

   兜町、米屋町、旧魚河岸を中心にやがて全国へと広まった これが「親子丼」の始まりだとか。


                        ( 創業宝暦十年(一七六〇)御鷹匠仕事 玉ひで HPより 「玉ひでの歩み」参照 ) 




   「鳥寿㐂」、すなはち「とりすき」の雅称。

   ここでいう「鳥」とは本来闘鶏用に飼育されていた「軍鶏」のこと。


   闘鶏が盛んだった江戸後期には軍鶏鍋が流行していたとされますが

   負けた雄鶏を食用としたり、現役を退いた軍鶏を使うことが一般的で、

   江戸末期までは採卵目的の養鶏はあれど、まだまだ肉食文化は乏しかったのが我が国。

   それが海外の文化を知り、食肉利用としての養鶏が産業として広まり始めるのは明治以降のこと。


   「すきやき」同様に「親子丼」もまた食文化の急激な転換期に生まれ、

   今に至ってなお庶民の味として定着する偉大な料理のひとつだと思います。


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