アジア(特に日本、韓国、台湾、中国)から留学に来るような人は、何か反骨心に近い感情を持っている人が多いようです。
その理由として、上記の国では「受験」というものが占めるウエイトが非常に大きく、入った大学の名前でその後の人生が決まる傾向があります。
聞くところによると、この中では日本はマシなほうで、受験の時に両親が横断幕を作って会場まで応援に行くような国もあるそうです。
学歴主義の話はまたいつか書くとして・・・
受験戦争をくぐり抜けてきた国の若者たちは、自国では「自由がない」と感じている人が多いようで、そんな社会脱却するような気持ちでNYにやってくる人もいます。
実際に話を聞いてみると、「自由な環境を求めて留学を決意した」と。
一見ポジティブで志が高いようにも思えますが、果たしてそうなのか、と思ってしまいました。
本人達は皆自分の決意を自慢げに話してくれましたが。
アメリカは自由の象徴のような国ですが、別にアメリカに自由はありません。
自由はいつだって、自分の中にあるものだからです。
覚悟があれば。
アメリカにいようが日本にいようが、それは同じことです。
自由を求めてNYに来た人は、国に帰ったらどうするのか。
「自由を求めて留学した」ことに満足して、根本的には何も変わらないんじゃないか。
「いつまでも好きなことばっかりやってられない」なんて、そんな社会の常識に縛られるんじゃなくて。
「大人が真剣に遊び続ければ、それが仕事になる。(高橋歩)」
自分のやりたいことは自分で決める。
常にそういう想いを持って、生活していきたいと思いました。
たすく