日本政治と「いわて政友会」
岩手県議会12月定例会で、本会議一般質問に答える形で、日本政治が直面する課題と、政治塾「いわて政友会」の意義について、述べる機会がありましたので、その内容を以下に紹介します。「行政とは、自由と安全の保障、そのための共同体開発である」という新たな視点が示されています。
【多党化の潮流と国民意識の変容(「保守対リベラル」という二極対立の構造からの変容)について】
1. 「保守対リベラル」という政治の対立軸は、歴史上、絶対王政から民主化への転換と、経済的な持てる者と持たざる者との対峙が、重なりながら推移してきたという流れがあります。日本においては、いわゆる薩長中心の明治政府と自由民権運動の対峙に、大正時代からの労働運動や大衆運動の動きが重なって、推移してきたところが、軍国主義化で断絶し、戦後、いわゆる「55年体制」という形で、日本型の左右の対立軸が成立しました。
2. 「日本の55年体制」は、米ソを中心とした東西の冷戦構造の下に位置付けられたものであり、1990年頃からの「冷戦の終結」により、歴史的使命は既に終わっていました。実際に、1993年の細川内閣発足が、「55年体制」の終わりだったとも言えます。
3. 細川内閣は、冷戦後の新しい時代にふさわしい政治を実現するための、政治改革の動きの中から生まれましたが、改革を進めようとする政治は、その後混迷し、今日に至っていると言えます。
4. 現在、日本の政治は、30年前よりも混迷を深めていると感じられますが、必要なのは、冷戦後の国際社会にふさわしい、国際協調と地方重視の政治、第一次世界大戦の終局にあたって成立した、原敬内閣のような政治だと考えております。
5. 原敬内閣の時代は、それまでの藩閥対政党という対立軸を超えて、新しい大衆の政治参加を受け入れながら、旧藩閥勢力と自由民権運動派が入り混じり合いながら、政策を軸に政党の再編が進みました。今、日本の政治に求められているのは、議員ご指摘の通り、「55年体制」の延長戦のような、古い与野党対立の構造を脱した、スケールの大きな政治の再編であると思います。
(終)
【「希望郷いわて」の実現について(政治塾「いわて政友会」との関係)】
1. 政治塾「いわて政友会」が「政友会」という名乗りを上げているのは、大正時代の「原敬政友会」が、今の日本の政治のあり方を考えるにあたっても、また、政治の本質について考えるにあたっても、大いに参考になると考えているからであり、そのような政友会が、岩手県出身の原敬さんのリーダーシップによって作り上げられたことに、喜びと誇りを感じているからです。
2. 政治塾「いわて政友会」は、「政治は行政のチェック」という政治の本質を共有することで、誰もが自由に政治参加ができるようにしようとするものです。
3. では、行政とは何か、と言いますと、行政の任務は個人に対する自由の保障と安全の保障です。自由の保障というのは、基本的人権の保障ということでもありますが、現代社会においては、自由のためにはセーフティーネットがなくてはならないものなので、自由の保障と安全の保障は多くの部分が重なります。その意味で、一言で言えば、行政の任務は基本的人権の保障なのですが、わかりやすく言えば、自由の保障と安全の保障ということです。
4. 行政が、個人の自由と安全の保障という任務を果たすためには、人、財、環境が持続的に必要であり、そのための基盤を共同体の下に形成する、いわば開発も、また行政の任務となります。教育及び人間の開発、経済産業開発、土地開発及び環境開発、そして社会開発など、民間部門の自由な活動との組み合わせが工夫のしどころですが、これらの共同体開発を行うのが行政であります。
5. 今、岩手県は、オール岩手で策定した「いわて県民計画」の下、「希望郷いわて」の実現を目指していますが、それは、県民計画に沿った形で、県民と岩手に関わる人々の、自由を守り、安全を守り、そのための共同体開発を進める、ということでもあります。政治塾「いわて政友会」が、どんな人でも、行政のチェックという政治の活動を通じて、自由と安全のための共同体開発に貢献することができるように、少しでも役に立てば、と思います。
(終)