若者に成長したエフドは強制労働に駆り出されていた。「神と共にあるためには神の道を歩むことなんじゃ。道を逸れたら、神はもうそこにはおらん……」との祖父の声を思い出す。
 エグロン王がエリコを支配し、イスラエルの上に君臨して十八年が経っていた。
 裁き人オテニエルの時の圧政は八年だった。今はその倍以上だ。その時とは比べ物にならない程、神はお怒りなのだろう。
 モアブ人は我らが祖アブラハムの甥ロトの子孫で、血縁関係にあったというのに、この敵対具合はどうだ。しかも、我らの先人たちがヨルダン川を越えて最初に征服した都市エリコを足下に敷くなどとは屈辱以外の何物でもない。
 エフドは、やり場のない怒りで、亡き祖父が力を込めて握った自分の手を、今は自分自身で強く握りしめていた。

 

 その夜、エフドはくたくたになって眠り込んでいた。
「エフド、エフドよ……」
 威厳に満ちた、それでいて優しい声が、エフドを眠りから覚ました。エフドは起き上がり、頭を垂れた。
「はい、ここにおります」
「わたしはアブラハム、イサク、ヤコブの神。お前の父祖たちをエジプトから救い出し、ここカナンの地へと導いた神である」
 エフドは平伏した。
「民の苦しみ、悲しみの声はわたしの許に届いた。民の悔い改めの心も確かなものと知った」
「祖父は申しておりました。神の道を逸れたら、神はそこにはもういない、と……」
「逸れたのを知れば、戻るがよかろう」
 神の寛大な御心を知り、エフドは嗚咽した。
 それが治まるのを待って神が声をかけた。
「ゲラの子エフド」
「ははっ!」
 エフドは改めて平伏した。
「わたしは民のため、お前を救い手として立てる。わたしは常にお前と共にある。勇気を出し、恐れてはならない……」
「ははっ!」
 その後、エフドは再び寝入った。しかし、その寝息は今までとは違い、穏やかで安らいだものだった。

 

 翌日から、エフドは行動を始めた。
 まずはエグロン王の事を詳しく知るようにした。
 怠惰な日常を送っているために、その身はぶくぶくに太り、動くたびに全身が無駄に揺れる。重たい瞼で半眼になっている瞳には、強欲で、狡猾で、残虐な光が湛えられている。何よりもエフドを不快にさせたのは、エグロン王は若い男を愛でる気質のある事だった。城に連れて行かれた若者は戻って来ることがないとか、戻って来ても生ける屍となっていたとか、おぞましい噂が絶えない。
 しかし、エフドはそれを利用することにした。
 次の貢物を納める時に、先導役として同行することにした。上手く行けば二人きりになれるかもしれない。その際に用いようと考えて、知り合いの鍛冶職人に、一キュビトの長さでつばの無いもろ刃の短剣をこしらえてもらった。それを右の股に帯びることにした。エフドを左利きと知る者は少ない。入城の際、身辺をあらためられても気が付かれることはないだろう。エフドは準備を整え、その日を待った。

 

 その日が来た。
 エフドは神に祈り、出掛けた。

 


(裁き人の書 3章14節から16節をご参照ください)