気が付けば、ここ一ヶ月ほど散歩をしている。
気分転換に町内を数分廻ることもあれば、柴犬に散歩させられる(ぐいぐいと引っ張られる)。
時には娘がメガネを落としたので、その捜索に一時間ほど歩いたことも。

自宅から歩いて戻ってくるまでのルートが複数あることに改めて気付いた。
それってなんだか得した気分だった。
道は人が棲み始めてから作られたものだろう。
それぞれの道に人の歴史が係わっている、と思う。

行く道と帰る道を、自分で選べる事は、けっこう贅沢なことじゃないのかな、
と思ってみたりする。

久し振りに書く。ごく少数でも見てくださっている方、ご無沙汰です。

二週間ほど前、アメンバー承認依頼のメールが届いた。
リンクの先は、ちょっと色っぽい写真の女性だった。
まあ、害も無かろうと承認をした翌日、その彼女のページは削除されていた。
アメブロの方が取り締まりしたんだな、と思った。
つい先日も届いた。二度目となると写真を見るだけで承認せず、翌日アメブロの方に掃除されていた。


アメブロにも色んな輩が入り込んで来て、善良なアメンバーを守るために日夜ご苦労なさっているスタッフがきっと沢山いらっしゃるのだろう。おかげさまで娘も安心してお世話になっている。(最近不調だが)
昨日の惨事の犠牲者に冥福と回復を祈る。

人を殺すのが誰でもよければ、この平和な世で、自分に本来内蔵されている「人を殺してはいけない」という強力なプロテクトを解除すれば(出来れば)、後は無垢の生贄が大勢いる場所に行って、普通に手に入る刃物で一突きすれば出来てしまう。

でもそれは、相手が無抵抗であることが前提。事実、今回の犯人は警官の銃に撃たれること無く屈服した。
もし、襲う相手に逆に襲われるかもしれない、としたら?
人を殺すどころか、自分の命があぶないとしたら? それも殺意を持ったその瞬間だったとしたら?
本人は、そんな事は感じないだろうし、考えることもないだろう。

無念だ。