茨木童子は「鬼ヶ城」へ移る日の夕方、夕霧と共に酒呑童子の居る部屋に行った。
「棟梁、では鬼ヶ城に行ってくる」
「そうか、よろしく頼む。」
「俺は鬼と言われるのが嫌いだったが、今はそんなことはどうでもよくなってきた」
「そうだ、そんなことはどうでもいい。鬼ヶ城にいる金熊童子が色々と教えてくれるだろう」
そんな会話の中で、先ほどから夕霧は正面の壁にかけられている般若の面をじっと見ていた。
「夕霧、その面が欲しいか。欲しければ持って行け」
「この面は、悲しそうな面」
「怖くはないのか」
「じっと見ていました。すると怖くはなくなりました。」
酒呑童子はその言葉に夕霧の運命を見た気がした。
「女性の鬼の面で、悟りの境地の顔らしい。都にも鬼がいたのはご存知か」
「ええ、菅原道真公の怨霊が化身した鬼の話でごさいましょうか」
菅原道真死後、醍醐天皇の子供が次々と亡くなった。これは九州大宰府に流れて死んでいった道真の怨霊だと騒がれた。怨霊は鬼に化身して、都を襲い、大騒ぎとなり鎮守が必要ということになり、現在も行われている祇園祭が始まったといわれている。
「なに、都の者の中にも鬼がいたのか」
「そうだ、鬼は誰の心の中にも居る。人は自からの思うが侭に人を見、世を見てしまう。その心に破壊や恐怖、不安や怨恨、危険を及ぼしてくるものは全て鬼に見えてしまうだけだ。」
「棟梁様、この面は持って行きます。」
「他にも欲しいものがあれば持って行け、とは言っても何も無いがな」
一方、頼光らは酒呑童子が想像より組織も統率され力も強い事が判り、あれこれと策を考えていた。卜部が説明した。
「敵は老ノ坂のある大枝山、水戸野峠、鬼ヶ城山に人を入れて我らの動きを狼煙を使って監視しております。特に大江山の手前にある鬼ヶ城は重要な拠点で、ここからは福知山、綾部の盆地を全て見渡すことが出来ます。最近、ここに茨木童子という若くて屈強な鬼が来たと聞きます。」
坂田金時が言った。
「我々の力と大群を持ってすれば、そんなこと何とでもなりはせぬかの」
頼光が答えた。
「金時、お前はいつも力で押し切ろうと考えるが、相手は変幻自在。振り回されるとどうにもならなくなる。こちらもしっかりと策を練らねばならぬ、焦ることはあるまい。ここでじっとしていても皇室の下らん用に振り回される。皆で熊野、住吉、八幡に戦勝祈願に参るとするか。」
頼光をはじめ、四天王である渡辺綱、坂田金時、 碓井 ( うすい ) 貞光、そして 卜部 ( うらべ ) 秀武は、さっそく最初の熊野権現に詣でるために、奈良吉野の山に向かって歩き始めた。獣道のような山道が続く、白い装束をまとった山伏達とすれ違う。
熊野権現にたどり着いた頃、オレンジの夕日が山の尾根を黒く大きく照らし始めていた。皆が上る階段にある鳥居の上に黒い衣装をまとった大きな嘴(くちばし)を持った者が、気配を殺して頼光達をジッと眺めていた。