携帯の恐怖「シマッター」-1- |         きんぱこ(^^)v  

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  きんぱこ教室、事件簿、小説、評論そして備忘録
      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ

この物語は、とある平日、会社を退社する時から始まった。


「おー今日もこんな時間かー。俺、先に帰るなあ。おつかれさんー」


「あー、おつかれー」


梅雨も明けたその日は暑かった。


安月給で頑張る私は、東京から大阪に単身赴任で来ていた。


ほんの小さな会社だ。


その日は、同僚を一人残して会社を後にした。


(もう梅雨も終わりかあ、熱帯夜の季節だな)


単身赴任で会社から借りているマンションは、仕事場から歩いて10分のところにある。


このあたりは南船場(みなみせんば)といって大阪のド真ん中。


東西を長堀通りが走っている。


明治初期、この通りは川だった。


薬屋をやっていたある男の娘がここにあった銅の精錬所の息子と結婚した。


何でも銅には金と銀が混ざっており銅から金と銀を分離させる技術を持っていたらしい。


その会社は莫大な利益を生み出し、今でも「住友」と呼ばれている。

それに比べると、私の会社は…。


「住友」がくしゃみすると吹き飛んでゆく鼻毛のようなものだろうか。


そんなことを考えながらぶらぶらと家路についた。


途中、大阪の真ん中を南北に走る東横堀川(ひがしよこぼりがわ)を渡る。


小さな疎水だが少し南に行くと直角に西に折れて道頓堀川と名前を変える。


疎水を渡った川縁は、フェンスで覆われて中には入れない。


その中に三匹の野良猫が住んでおり近隣の住民にかわいがられていた。


その猫が三匹の子猫を生んだ。



画像0093.jpg


まだ歩くのもままならずヨタヨタと親猫の周りでじゃれ合ってる。


フェンスのおかげで安全だ。


人馴れしていて誰が触っても逃げない。都会の猫だな。


毎日だれかが餌をやる。


この小さな動物園が毎日の楽しみだ。


(そうだ、写真を撮ろう)


そう思った時に初めて気がついた。


「シマッターッ!」


会社に携帯電話と自宅のマンションの鍵を忘れた。


(近いとはいえ、またひきかえすのかぁ)


仕方が無いのでとぼとぼ引き返す。


(そうだった。今日はレンタルビデオを返す日だった)


忘れ物を取りに戻って自宅に帰ってレンタルビデオ屋に行く。


今晩のミッションが決定した。


会社に戻り、入り口の防犯装置にカードを差し込む。


ガチャッ


ロックが外れる音。


中に入って8階にある会社の所までエレベーターで上がる。


会社はみんな帰っていて、中は真っ暗だった。


(えっと、鍵鍵…、え”っ…)


シマッターッ!


良く考えたら、携帯電話につけたキーホルダーの中に会社のキーも付けてたんだ。


大阪市内には知り合いは居ない。


大家さんは・・・電話がわからない。


電話…、そうだった。携帯が無いんだ。


ということは…、今夜は野宿~~~~~。


考えろ。かんがえろ~~~~。


んー、そうだ。


サウナに泊まろう。


えっと、いくら持ってたかな。


後ろポケットに差し込んでいる財布を抜き出す。


えっ!


シマッター!


最近金遣い荒いから、毎日1500円しか持ち歩かないようにしてたんだ。


おいおいおい、カードも家に置いてきたぞ。


なんということだ。


…と言うことは、レンタルビデオが確実に延滞になった。


最悪。最悪の日だ。


…そうだ。


昔付き合った女が天王寺にいたはずだ。


昔といっても去年。


まだ会うくらい大丈夫だろう。


連絡してみよう。


あっ、そうだった。携帯電話も無かったんだ。


電話番号…憶えてないなあ。

直線で2,3キロか…。歩いて行くか。


長堀通りを南下して、生玉神社を横切って四天王寺を越えると天王寺だ。


私は、歩くことにした。


黒いベールに覆われた夜空の下に一定方向に流れゆく車のライトの塊を横目で見ながら、松屋町筋の歩道を南に向かって歩き出した。



--続く--


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