「波の谷間で眠りたい」はどうだったでしょうか。
実はこの物語、最後を結構思い通りに近い感覚で締めくくれた気がしていて、
密かに自己満足しています。(^^)v
私は色と自然(風や海や波など)を使って心や気持ちや雰囲気を表現するのが大好きなんで、読む人にはわかりにくいかもしれません。
文章の構成や公正を考えずに思いつきで書きなぐったものなので読みにくかったでしょうね。
これを、ちゃんと小説に書き換えます。
読み辛かったところは、どうかお許しください。
私は今、頭に浮かんだことを活字と画像と音楽などを駆使してこのブログにどれだけ忠実に再現できるかどうかを重視して練習しています。
とはいえ、基礎練習も少しずつやってゆきます。
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さて、文章がダラダラ長いので最初に言っておきます。
結論は最後に書いてます。(^^)
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ところで
【ブログってなんでしょうね。】
思ったことを自分の好きなように書くところ。
けど、それだけではないですよね。
ヒョッとして誰かが見てくれるかもしれない。
中には、沢山の人にみてほしい。
他には、有名になりたい。
そう思っている人もいるでしょう。
あとは、ブログを通じて友を作りたい。
自分の、ともすれば孤独で気が狂いそうな気持ちを、誰かに話して癒したい。
商売や宣伝がわりに使っている人もいるし、何かを訴える人もいますね。
文章なんか、ちゃんとしてなくても(確に読む側はよみにくいけど)構いませんよね。
大事なのは自由に好きなことが気楽に書ける場所。
たぶん、出版社の人の多くは、文章はいい加減、内容も正しいとも限らない、こんなチェックも文体も秩序もないものを公共にさらけだすことに抵抗を持っているでしょう。それなのに人気があり、しかしブログのお陰で出版社の売り上げが落ちた訳ですから、かなりの憤りと不安や絶望感を抱いている人が多いのではないかと思います。
私は、そんなブログに、偉そうに小説などとジャンルを設けて書いていますが、勿論小説を書いていると思っているのではありません。
しっかりと当てはまる言葉がないだけです。
司馬遼太郎先生の原稿をみていると、何度も何度も訂正や表現の修正をされています。
はっきり言って、ブログでこんなことをやっていたら気が遠くなります。

(参照:司馬遼太郎先生 )
私の場合、書き綴り物語ブログ。(^^)
無理に言うと、こうなります。
(あとで小説に直すんです)
【未来の小説(何十年か後は小説とはよばれなくなるかも)とは、どんなものになるのだろう…】
そんなことを考えながら書いています。
また、練習のつもりでも書いています。
お金が溜まったら、ちゃんと書き直して本にしたいものもあります。(^^)
私も一応コンピューターのプロの端くれで24,5年やってきていますから、そういう目でこの記事を書かせてもらいます。
昔からあったインターネットの世界で10年ほど前に「モザイク」と呼ばれたブラウザーが初めて出て、ネスケ(ネットスケープ)やIE(インターネットエクスブローラー)が主流になったことで、世の中が変わって来ていますね。
営業や管理の仕事のなかで、インターネットという通信手段とブラウザーという表現手段とメールが増えただけなのに、本や雑誌の世界で活字がハイパーリンク(そこを押すとピョンと別の場所へ移動する)になっただけなのに。
ある人は、「これからはインターネットだ」とそれだけをやろうとする。
逆にある人は、「インターネットのおかげで商売が成り立たなくなった」と怒る。
なんで両方を素直に受け入れて考えてゆけないのでしょうね。
(もちろん、こんなひともいますよ)
ブラウザーの上にURLというアドレスを入力するところがありますよね、http://・・・・。
HTTP は ハイパーテキスト トランスファープロトコル。
つまり「ピョンと飛ぶことができる文字を送信する(伝送方法の)きまり」という意味です。
その後に、どこのサーバー(親のコンピュータ)の誰が保管しているフォルダーの中を読みに行けばいいかが記述されているのです。
ハイパーテキストはインターネットだけではありませんよ。
マイクロソフトワードでも出来ます。
昔は画像を作る人、写真や動画を作る人、文を書く人、プログラムを組む人、システムを考える人…。
それぞれ分担がはっきりしていました。
今というかこれからは、全部判ってないとだめな時代になってゆく。
例えばホームページなんか、上の全部が出来ないとちゃんとしたものができませんよね、逆にちゃんとしていない物なら素人でもホームページは簡単に出来ます。
同じことが出版物とブログでも言えるのではないでしょうか。
アメブロは皆さんが言いたいこと書きたいことを、一元化(一定の決まり)されたホームページに作り上げて掲載させる業者です。
けど文章まではチェックしません。
若い人はハーパーリンク、ハイパーテキストが意識しなくても当たり前に思っています。
そこで昔のことを言っても仕方がない。
この間ネットから大好きなブログの小説をダウンロードして、A4縦でコラムを二つに分けたワードに流し込んで印刷しました。
そうすると300ページになってしまった。
A4用紙500枚が600円だとしても360円、インク代も考えると総額500円のコストがかかっています。
これって500円の文庫本を買うのと同じことになりますよね。
いつの日か、町から本屋に本が無くなってしまう・・・なんて事は、無駄な心配なのかもしれません。
しかし、本がいつまでも紙で作られるということは無くなるかもしれません。
ペーパーレスになって、本が全てミニディスク(または類似の外部記憶装置)になって(もちろんコピーガード付き)、あらすじは携帯やパソコンやテレビに差し込むと見ることができて、店のレジやネットで販売した時に全部見れるようにするためにガードの一部を解除する。
違法コピーすると元のデータも自動的に消えてしまう。
本屋から万引きして出ようと思ってもセキュリティーブザーが鳴ってしまう。
もしくは、見たいものをネットからダウンロードする。
完全にセキュリティーをかけなくてもいいのです。違法コピーにかかるコストと販売コストの割りが合わなければだれもやりませんから。
本屋ではちょうど今のゲームやDVDのような感じでプラスティックケースに入れて販売される。
ちょっと中を見たい時は携帯に差し込んで、あらすじを読む。(買わないと本文は読めない)
携帯で見る時は、空間の一定の位置に照射された文字や画像、動画を読み音が出る。
こんな感じが近未来の書籍になるのだろうかと私は思っていますが、もうすこし先の話ですね…きっと。
そのうち、何かの信号を脳に送り込んで脳の中で本を読む。いや本ではなくて…映画でもあったバーチャルリアリティーになるのでしょうね。
ブログも今は音楽や動画は YOU TUBE とリンクさせているだけだけど、いずれ変わって行くのでしょう。
多分、今のブログはその原始的な表現手段なのでしょう。
しかし私は近い将来確実にこうなっていくという確信があります。
今は素人の人が自由に表現出来る時代ですよね。
逆に、素人の無知を利用した商売も出来ない、プロはいいかげんで誤魔化したような仕事は出来なくなって来ています。
商売の仕方だって変わってきた。ネスケやYAHOO,GOOは、消費者にただで提供していますよね。
そのかわり、スポンサーを募って事業を維持しています。
本はどうでしょうか、ただでばら撒きます、ただし、表紙や本文にスポンサーの広告が載ります。
他の本ならやってますが小説には無いのだろうか…。(私がしらないだけ?)
プロに頼むべきこと。プロで出来ること。
素人で十分楽しめること。素人で出来ること。
このあたりは互いによくわきまえてやって行かないと駄目ですよね。
【究極の本は?】
先ほど書いた バーチャルリアリティー でしょうか。
頭か目に何かをつけて、脳の中で物語を展開させて行く。
あれっ! ちょっと待てよ!
何も、頭や目に物を付けてバーチャルリアリティーなんて開発しなくてもいいのじゃないの?
文字さえ読めれば。
これって、今の小説そのものだよね(^^)